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第一章

2:募集:抱き枕 月額五万円

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 相手が、彼方の申し出をいたずらだと思っていて、そのいたずらに乗ってやった可能性もあるからだ。
 なのに、『OK。じゃあ、待ってて』とすぐに反応があった。
 心底ほっとした。
 たった十文字程度の言葉が、希望の光みたいに見えた。
 これで、今夜は生き延びることができる。
 ベンチの隣の席に立てかけていた紙袋に肘がぶつかってぱたんと倒れた。中身はセロファンがかかったままのロープだ。
 もうすぐジンという青年がやってくる。
 十分後なのか二十分後なのかわからないけれど。
 今夜の命は繋げそうだと安心したら、新たな不安が湧いてくる。
 メッセージアプリでやりとりして得た情報では、ジンは二十一歳。百八十八センチ。同い年というのは数少ない安心ポイントだったが、背が少し高すぎる。小柄な部類に入る自分では、力任せに覆いかぶさられたら抵抗しようがない。
 だが、そんなこと考えたって始まらない。
 全部、嘘なのかもしれないのだから。
 だって、ゲイが出会うための掲示板で知り合ったのだ。
 アイコンは空欄だったし、プロフィール欄も年齢と身長だけ。
 現時点で、顔も知らないし声も分からない。
 自分の倍以上ある年齢の男かもしれないし、老人かもしれない。
 でも、そんなのどうだってよかった。
『募集:抱き枕 月額五万円』に惹かれただけだから。
 もちろん、子供じゃないんだから、それだけで済まないことは分かっている。
 でも、痛みや気持ち悪さに耐えるだけで一ヶ月生き延びることができるならいいと思ってメッセージを送った。
 返信が無ければ、そこでゲームオーバー。
 返事があってもメッセージが途切れたらやっぱりゲームオーバー。
 そして、現地に着いて彼が迎えに来なくてもゲームオーバー。
 ここ数日、他の男で試したが、全然、上手くいかなかった。
 成功しかけても、目の前で逃げられる。
 彼方の言う成功とは、現金を得ることだった。
 つまり、身体を売る。
「人生最後になりそうな今日に限って、ここまではトントン拍子」
 ぼやくと、息が白くなる。
 駅の窓から外を見る。
 ロータリー周辺には街灯が無く、駅舎から漏れる光だけが頼りだ。
「すごい量の雪」
 白い紙切れをどこまでも小さく千切って、空からいっせいにばらまいたみたいだった。
 奥に見える道路を車がたまに通り過ぎていく。
 彼方は、持っていた携帯を握りしめた。
 待っててと言われて、三十分はゆうに過ぎている。
 流石に遅すぎないか?
 一旦は遠ざかったゲームオーバーが、一瞬で眼前に戻ってきたのを感じて、キリッと胃が痛む。
 新たなメッセージが届いてるんじゃないかと思ってアプリを開こうとすると、
「あれ?」
 携帯は使えなくなっていた。
 Wi-Fiスポットが無いので、移動中はキャリア回線を使ってメッセージのやり取りをしていたのだが、それができなくなっていた。
「何でだ?何でだ?!故障?」
 携帯本体の?それとも、携帯会社の?
「まさか、止められた?」
 この携帯は、彼方が飼い主と呼ぶ人物が買い与えてくれたものだった。
 半年前に逃げ出したのだから、よく今日まで使わせてくれていたものだ。
「でも、今、この瞬間じゃなくてもいいだろっ!」
 ぷつん。
 耳の奥で音がして、彼方は思った。
 ---あ、来た。
 携帯が床に落ちるが、その音は水の中で聞いているような籠もった感じになる。
 鼓膜がパンと張って痛い。
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