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第九章

197.どうしてもこの首切り事件で辻褄が合わないことが一つある

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「お前、今後、どうするんだ?」

「ロレンツォ公に世話になる。部屋も用意してくれたことだし。レナトゥス登録はもうちょっと落ち着いてからだ。それぐらい待てるだろ?けったいな裏稼業をしているオークション会社様は」

「フン。すっかりあいつに手懐けられやがって。その内、痛い目にあうからな」


 いや、もうあっているって。 

 さっきだって恐ろしいものを見せられた。

 でも、これは元師匠に報告すべきじゃない。

 だって、死神に他言無用のサインを送られたし。

 それに、この男を頼るのは腹立たしい。

 ああ、クソ。あの死神、お見通しってわけか!


「なあ」


 サライは窓の景色を見ながらレオに話しかけた。


「知らん」

「まだ、何も言ってねえだろうが。どうしてもこの首切り事件で辻褄が合わないことが一つある。サン・マルコ修道院の件だ。あんたなら、僕が言い出す前に調査を済ませていたはずだ。国際美術パスだって持っていることだし。でも、僕が動き出すのを待っていた節がある。実力を試したんだろ?」

「さあな」


 館にたどり着く。

 車から降りようとすると、レオがシートベルトを外しながら言った。

 さり気なさを装っているようだ。


「ピエトロを殺した第三者についてはオレが個人的に調べている」

「はいはい」

「分かったら、随時報告してやる」


 それは絶対に言葉の裏返し。

 隠したいことがあれば、徹底的に隠すだろう。

 そういう男だ。

 こいつとの過去の記憶は一欠片も思い出せていないが、なんとなく分かる。

 理由?

 元弟子だからだ。ムカつくけど。

 楽譜が入ったケースを脇にはさみ、礼服が入ったケースを背負ったヨハネが焦った様子で姿を表した。


「マエストロ!RCからのメール見た?あんたが追っている事件と似たようなのが今度はアムステルダムで!」

「オレは休む暇もねえのか」

 ぼやくレオにサライは「ハハッ。ざまあ。とっとと行け」と煽ってやる。

「また、こっちに車を取りに来なければならないじゃねえか」


と軽く苛ついたレオは急に冷静になって「じゃあな」とぽつり言ってきた。


 男同士の別れの挨拶はあっさりしたもので、


「おう」


と軽く返事をする。

 彼らが消えて、サライは美術品が詰まった館に一人残される。


「延々と悪夢を見させられていたような日々だったな」


でも、祖父が死んだのは現実。

 やったのは正体不明の謎の女。


「必ずとどめを刺してやるからな」


と呟くと、ベルがジリジリと鳴った。


「客?もしくは宅配?荷物だったら受け取ってやっといたほうがいいよな。はいはい。ちょっと待って」


 玄関を開ける。


「暗いな?」


 視界に端には、間もなく五月になろうとしているまばゆい緑の芝生。

 だが、サライの眼前は真っ暗。

 目が慣れてくると、見覚えのあるビロードの黒衣だと分かってきた。

 顔を上げる。

 同色のフードを被った死神がいた。肩にはトレードマークの鎌。

 周りには、平和の象徴のような白いモンシロチョウがふわふわと飛んでいる。



 あまりのギャップ。



「ロレンツォ公?え?アンジェロを送って行ったはずじゃ??いや違う。頭に髪飾りが見える。誰だ、お前?」


 黒衣の死神の身体から、今まで感じたことの無いレベルの殺気が溢れ出す。

 振り上げられる鎌。

 ギラリと光る穂先が、サライの脳天めがけてやってくる。


「貴様。恥を知れ」


 辺りに響いたのは、大人ぶった低い声を無理して出そうと試みる若い女の声だった。



【第一章完】
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