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第八章

179.君の師匠とは言わず、兄弟子ぐらいになりたかったよ

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 アレッサンドロが無言でジャケットの内側を叩く。カサカサという音がする。油紙に包んで持ってきたのだろう。

 三十センチほどの板一枚にしては少し膨らみが大きい気がするが、気のせいだろうか?

 月明かりで、アレッサンドロの顔には死相のようなものが漂い始めていて、アンジェロは、


「どこに行きましょうか?協力します」


とわざと明るい声を出して彼の肩を組んで体勢を支える。


「ムンディ。警察がいないか見回ってくれ」


 指示すると青い衣の男が上空に飛び立っていく。

 その様子をアレッサンドロがちょっと驚きつつ笑って見送る。


「ムンディが俺に心を開いてくれたのは、アレッサンドロさんのおかげです」

「アンジェロ。君は素直ないい子だなあ。君の師匠とは言わず、兄弟子ぐらいになりたかったよ」

「俺もです」

「面白いね。何百年の時を越えて、絵描き同士が出会って」

「そして、相変わらず絵のことを語っていますね。俺に絵描きとしての記憶があったらもっと楽しかったと思います。レプブリカ広場を抜けたらどこに向かいましょう?」

「フィレンツェ駅。その脇にあるマルテーリ通りをひたすらまっすぐ」

「そっちに行けば、ユディトさんと会えるんですね?でも、どうして?」

「それは、ウ、ンッ」


 呼吸が苦しくなったのか、アレッサンドロがポケットから粉薬を取り出して飲もうとする。



 最後の一包だ。



 だが、あまりにも長く続く激しい咳で一瞬、息が止まってしまったようだ。急にアンジェロに全体重を預けてくる。


「どうしよう。意識が」

 急いで携帯を取り出した。

 涙で滲んで着信履歴の画面がよく見えない。

 父親やサライ。

 どちらかにかけたはずだった。




 やがて、

「どうした?」

とハリのある青年の声が聞こえてきた。
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