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第八章

165.ボクらマテリアは単独で殺しなんてしない。笑える

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『どうして伝わらねんだよ?ピアノ、スーツ、ワイン。絵だけじゃなく全方位でロレンツォ公はお前のことを大切にしている。僕、ここに来る前、ミラノの未成年収容所ってところにいた。おっさんの代理で迎えに来てくれたロレンツォ公の車に乗ったら、クラシック音楽がフィレンツェに着くまでずっと流れていた。ロンドンから帰ってきてから、お前が何度も弾いていた曲と同じだった。それってたぶんコンクールの課題曲だろ?』


 アンジェロは無言になった。

 そんなの知らなかった。今更言われたって困るとサライに言い返すのはあまりにも幼いと思ったからだ。


『相手の側面だけ見るのはもう止めろ』


 諭されて、反発を覚えた。まさにその通りと思った分、余計に。


「偉そうに。サライだって高熱を上げなければ、レオさんに本音を言えなかっただろう?!ごねながら、レオさんの腕に巻き付いてたじゃないか」

『んなっ、んなこと覚えてねえわ』

『マジマジ。もっと言ってやれ、アンジェロ』


 ヨハネもいるのか、茶化す声がする。 

 そして、サライの咳払い。


『覚えてねえけど。でも、僕、目覚めてからあいつを頼った。頼りたくなかったけど、状況が状況だし。ヨハネと三人で協力して調べたらじいちゃん殺しの犯人につながる証拠を得た』

「何?」

『サン・マルコ修道院へ行った。そこには、じいちゃんが僕の家にあった『サルヴァドール・ムンディ』を寄付するという旨を記した偽の手紙があった。じいちゃんの悪筆を真似た字だ。死神ロレンツォ公に罪を着せたい第三者がやった』

「ユディトさんでもメリージでもないと思うよ」

『影にもう一人いるみたいなんだ。だから、お前は、そっちで惚れた女を守れ』

「ユディトさんを?べ、別に惚れたとか。素敵だとは思うけれど」

『ひび割れのせいで砕けるのは時間の問題だってヨハネが言っている』

「メリージが、美術研究施設から『ユディトの帰還』を盗み出してきた。でも、その中に、ユディトさんは戻らなかった」

『どういうつもりだろう?ユディトとその絵描きの目的は、ドメニコ会修道士をできるだけ多く殺すことなはずなのに。絵に戻って修復を受ければ、さらに殺し回れる。で、ユディトもそこにいるのか?』

「さっきまでいたけれど出ていった」

『絵描きからマテリアへの指示はあったか?アンジェロはそれを見たか?』

「ううん。アレッサンドロさんは寝込んでる」


 窓辺にいたメリージが声を張り上げた。

「面白いことを教えてやろうか。ここには、テレビもねえし、アレッサンドロは病気が解って以降、携帯も解約したと言っている。余計な情報を入れず、ユディトと濃い時間を過ごしたかったそうだからな。そして、ずっと部屋に引きこもっていた。ユディトの殺しは知らねえはずだ」

『ボクらマテリアは単独で殺しなんてしない。笑える』


とヨハネが硬い声で言い、サライの声に変わった。


『折り返す。次も絶対に取れよ』
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