上 下
160 / 196
第八章

161.オレも予測しかついていないし、お前に言っても分からない

しおりを挟む


 普段、あまり抑揚無く喋る男なのでこれはかなり珍しい。


「だって、サライって男の周りを囲んでいるのは、レオナルド・ダ・ビンチ。ロレンツォ・ディ・メディチ。オレ、メリージ・ディ・カラヴァッジョ。そしてお前」

「ちょっと待てよ。メリージは俺が何者なのか知っているのか?」

「ああ。ずっと昔からな」

「誰なのか教え……」


 遮るようにユディトがメリージに向かってさらに手を伸ばしてきた。

 メリージが顎で苦しげな呼吸音を立て始めたアレッサンドロを示す。


「袋の中身は、違法に配合された薬で一般には出回っていない。咳を一時的にぴたりと止める。アレッサンドロはそれを常用している」


 ユディトが渡された中身を取り出す。

 粉薬が三包出てきた。

 怪訝な顔するユディトにメリージが答える。


「これだけか、って顔をしているな。ああ、そうだ。これだけだ」


 アンジェロは自分が何者なのかという謎は後回しにすることにした。


「薬でユディトさんを脅したのか?彼女にサライのおじいさんが殺された罪を着せようとしたのは、もしかして父さんじゃなくメリージなのか?」

「まあ、順当に行けばそうなっていたんだが」

「違うのか?じゃあ、誰だ?」

「オレも予測しかついていないし、お前に言っても分からない」

「グッ」


 急にアレッサンドロが自分の首を抑えた。

 まるで窒息しそうな苦悶の表情だ。

 メリージが素早く指示を与える。


「気道が閉まって息が吸えていない。アンジェロ。水」


 台所のコップに水を入れて急いで持っていくと、ユディトが慣れた様子でアレッサンドロを抱きかかえ、粉薬と水を口に含み口移しで飲ませる。

 激しい呼吸は少ししたら収まった。


「この苦しみ様じゃ、残り二包あっても、効くか分からないぞ。いつもより薬が少なめなのはそのせいだ。ユディト。オレが言っている意味、分かるな?」


 返事の代わりのように、はらりと青いドレスから数センチの欠片が落ちる。

 美しい白い手にも亀裂が目立った。

 アンジェロは紙袋から薬以外のものがはみ出ているのを発見した。

 茶色い油紙に包まれた何かだ。

 ユディトがそれを解いていく。

 三十センチほどの木の板が出てきた。

 田畑を歩く黄色いドレスを着た女中の姿だった。頭に掲げたバスケットには男の頭部が入っている。女は一人きりだ。前方に剣を持って歩くはずの女主人がいない。


「メリージ。これ、ウフィツィから盗み出してきたのか?」

「アレッサンドロから頼まれていたんだが、系列の美術研究施設の奥深くに保管されていたせいで、手間取ってしまってな」


 アンジェロは絵を指差す。
しおりを挟む

処理中です...