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第四章

83.小心だよな、そういうところ

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「じゃあ、まずアージャーについて説明する。アートとソルジャーの造語。絵のことに関してのみ戦う奴らの総称。そこに含まれるのが、さっき説明したマテリア。そして、レナトゥス。創造主って意味だ。絵描きは、マテリアを生み出した神ってことらしいから。ああ、胸クソ設定」

「今、この世にいるそいつは、昔の絵描きの生まれ変わりってことか?死んで永遠の眠りにつくことなく輪廻転生?まるで東洋思想だ」


 サライは大混乱したが、答える方は、あっさり軽い。


「そうなっちゃってんだもん。しかたねーじゃん」


 ほら、こんな風に。


「じゃあ、お前のレナトゥスは誰なんだ?そいつもこの世にいるんだろ?」

「さっき、会ったじゃねえか」

「会った?まさか、あの顔面マフィアみたいなのが、レオナルド……」

「誰がマフィアだ」


 扉が急に開いて、レオが顔を見せる。


「うわあ。立ち聞きしてたのかよ、マエストロ。ボクがサライに悪口を吹き込んでいないか、気にしていたのか?小心だよな、そういうところ」


 レオが無言でヨハネに向かって箱を投げてきた。


「お、ご苦労」


 偉そうにヨハネが言い、包装紙をバリバリ破る。

 そこから出てきたのは、ヘッドホンだ。


「さっき、あいつにURLを送ったばかりだろ、それ」


 驚異的な速さにサライが驚くと、ヨハネが満足そうにそれを首にかける。


「ここのホテルにはエドワードっていうコンシェルジュがいるんだけど、そいつに頼むとさ、驚異的な速さで何でも用意してくれるんだ。礼を言ってもニコリともしないしロボットみたいでめちゃくちゃ面白え奴だよ。あ、噂をすれば」


 居間の扉から、共用部の廊下に出ていこうとしているほっそり長身の金髪男がいた。

 ヨハネはナイトテーブルの上にあった食い散らかしのケーキ皿に置かれたフォークを掴むと、いきなりそれを矢のように放った。

 ビューンと音を立てて、フォークはレオの脇腹スレスレを通り過ぎ、居間の扉の取っ手に手をかけていたコンシェルジュのもとに。

 彼は飛んでくるフォークを見ずに、腰の位置に飛んできたそれを片手でパシッとつかみ、「汚れているようですね。新しいカトラリーのをご用意します。ヨハネ様の寝室の壁紙の修理も」と無表情に告げて去っていく。


「な?」


とヨハネが得意げな顔をし、


「ちなみにあいつは、マテリアでもなくレナトゥスでもなくただの一般人でーす」


と付け足した。


「飛んできたフォークを見もせずに掴んでたのに?!それに、こっちの部屋に入ってないんだから、壁の一部が黒焦げだって分かるはずねえだろ」


 ヨハネは、


「マエストロ。まだ、用があんのか?」


と扉に立っているレオに向かって言う。



 サライはレオを一瞬見つめた。

 こいつは、『最後の晩餐』を描いた絵描きレオナルド・ダ・ビンチ---の生まれ変わり。 
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