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第三章

69.……もしかして、今も描いているのか?しかも、オリジナルを?

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 メリージが肩をすくめた。


「安心しろ。この女は弾丸より早え」


とアンジェロをなだめ、青いドレスの女には、


「それを使ってうまいこと囮にしろ。約束のものを近いうちに渡す」


と指示を与える。


 微かに頷いた彼女は、やがて完全に姿を消してしまった。

 アンジェロはメリージに詰め寄る。


「彼女に何をさせる気だ?約束のものって?」


「ナイトを気取るにはお前は弱すぎ。そして、あの女は強すぎ。心配しなくても、戻ってくる。それに、お前、期待されているんだからな。憧れの女に」


 メリージはゴミが溢れる床に無造作に置かれた絵を指差す。

 どうでいい物のはずなのに、その扱いが少し悲しい。

 絵だらけの部屋にあった絵は、全部、立派な額に収められていた。いつも掃除されているのか埃一つなく、空調と湿度のコントロールも効いていて、絵を保管するには最適なコンディションだった。


(でもあれは、いずれ売り払う予定があるからだ。だから、父さんは丁寧に扱っただけ)


「もちろん、絵の転売なんてしょぼいことじゃない。もう、答えはわかってんだろ?」

「か、描かないからな。誰に頼まれても贋作なんて。絶対に描かない」

「絶対に、と来たか」

「なんなら、殺せよ!いいよ。今、俺を殺せ」


 メリージが鼻で笑う。


「誰よりも生き意地が汚いくせに、殺せなんて言えるようになっただなんて、托卵先のホラ吹き王はたいそういい育て方をしてくれたな」


「父さんは関係ないって!」


 メリージはアンジェロの抗議を聞き流し、うんうんと頷く。


「贋作は描かない。そりゃあ、いい心がけだ。自分名義で描くほうが気持ちがいいもんな」


 脳裏に浮かぶのは、ここ以上に汚い部屋で椅子に腰掛け、膝に反対側のくるぶしを乗せるような行儀の悪い足の組み方をして鼻歌を歌いながらサラサラと描くメリージの姿だ。

「……もしかして、今も描いているのか?しかも、オリジナルを?」


 アンジェロがは贋作組織にいた頃のメリージは死の審判だったから、強制的に絵を描かなければならないという状況にはなかった。

 なのに、たまに絵筆を取ることがあったのだ。

 その姿だけは嫌いになれなかった。


「信じられない。あんな場所から生還したのに」



 またしても裏切られた気分。



 自分と同じく、メリージには絵を嫌いでいて欲しかった。



 いや、そうでなければ自分が報われない。



「何、そんなしょげた顔してんだよ」


 メリージはアンジェロの内心を読み取ったかのように、ニヤつく。
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