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第三章
45.そのうちデートしてよ。セックスでもいいけど
しおりを挟むそして、その感情を裏返せば合わせ鏡のように描き手への圧倒的敗北感がくっついている。
でも、いつも見ない振りをしてきた。
そういうことは器用にできるのだ。
自分は、どうしようもなくズルい人間だから。
新たなギャラリー達は大声で喋り続ける。
「見た目はあんなんだけど、いい身体してんのよ。背は高いし」
「少しクセの入った濃い焦げ茶色の髪がいい感じ……かも?」
(勝手に補正が入っているだけだろ)
父親が件の絵を競り落とすことができたならば、相続人は今のところ一人息子の自分だけ。
見るからに女慣れしておらず、冴えない自分は格好の餌食というわけだ。
普段なら、「俺に構わないでくれよ」という態度でピアノを弾き続け、無視を決め込むのだが今日は、
「俺、家なんて継ぐ気はないけれどっ!」
独り言のふりして大声を出す。
イライラしていた。
オークションまであと数日できっと父親は競り勝ち、館にコレクションが増えるからだ。
「やだ。怒った。退散しよっか」
「じゃあね。アンジェロ。そのうちデートしてよ。セックスでもいいけど」
と彼女らは笑いながら防音扉を閉める。
ようやく廊下が静かになり、グランドピアノに突っ伏す。
これが、日常だ。
身長は、百八十八センチと大柄で、少しクセの入った濃い焦げ茶色の髪は可も不可もなく。
同じ色した自信無さげなどんぐり眼は嫌いな部位。そして、昔殴られたせいで鼻の付け根が少し曲がっている―――ように思える。
右の手首にはいつも古びたサポーター。練習しすぎて腱鞘炎なんですよというアピール。でも、実際は違う。
「デートとかセックスとか、簡単に言わないでくれよ」
望めばできるだろう。
それも、父親の財力を傘にやりたい放題。
でも、そんなことをする資格は無いと思っている。
それは、倫理上の問題では無く簡単には人に言えない過去のせい。
「俺が、メディチ姓でなくなれば、あんなの蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。もうちょっとの辛抱だ」
ピアノのコンクールが間もなく。
今まで挑んできた中で一番大きい規模で、世界中からエントリーがある。
でも、負ける気はしなかった。
自分がのめり込んでピアノの練習をしたところで、誰も死なないのだから。
優勝者にはトロフィー。そして、破格の副賞。
これまでそんなものに興味は無かったけれど、今回はどうしてもそれが欲しい。
そうすれば、今後一人で生きていける。
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