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第二章

36.ここにも襲撃が予想されます

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とレオが、さらに目を釣り上げる。そして、鬱陶しげにモニターに向かって手をかざす。


 くせ毛の男が、ガラスケースに手をべったりと触れていた。防弾ガラスであろうそれが真夏のアスファルトの上に落とされた氷みたいに溶け出したのだが、その勢いが急に止まる。

 だが、絵は十分にガラスケースから露出していた。


「アンジェロッ。早くっ」


 柔らかさに掠れた声を含んだくせ毛の男がかなりの口調で急かし、肩を怒らせる青年が絵を雑に掴んだ。


 別室にいたから、九億ユーロの価値が付いたことは知らないのか?

 いや、それ以前の価格は知っているだろう。

 四億五千万ユーロ。九億ユーロの半分だが、それでも莫大な金額だ。

 なのに、その絵を鷲掴み。緊張も恐れも何もない。



 おかしい。



 盗んで転売するつもりなら、もっと丁重に扱うはず。


 くせ毛の男は手に握った小さな拳銃を画面方向に向けた。


 パンッ。パンッ。

 乾いた音。


 絵を抱えて逃げかけていたアンジェロが音に振り向いて、驚愕な表情を浮かべている。

 警備員が死んだのかもしれない。



 一方、ホールでは「遅いよ、レオ」と不満げなロレンツォ。


「てめえの育て方が悪いんだろうが」


と怒り心頭なオークショナーマフィア。


 俯きがちになりレオの視線から逃れたロレンツォが、


「さらに客人のようだよ」

「そっちは任すからな」


 エヴァレットやチャールズたちが、声を張り上げオークション参加者やメディアをホールから避難させている。


「早く!早くホールから出てください」

「ここにも襲撃が予想されます」


 人の流れにつられるようにして逃げようとしていたサライは、まず床にできた影に気づいた。続いて、圧倒的な圧。ロレンツォの館で見た絵から感じた同じ種類のものだ。


 天井を見上げた。


 自分の目が捉えたものを、脳が上手く処理しきれない。


「……女だ」


 女が浮いている。


 片手に剣。もう片手には巨大なバスケット。中には男の頭部が果物を詰め込んだみたいに山盛りに入っている。鮮血がかごの隙間から垂れていた。


 ゴージャスな女だった。

 優美だけど戦闘的。

 それでいてアンニュイで投げやりな感じもして。




 そして、圧倒的艷やか。

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