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第二章

27.……うわあ。あんただ

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 本気でリチャード・クリスティンというところに行く気らしい。


 このオークション会社のことは、簡単だが飛行機の中で調査済みだ。

 設立は十八世紀。絵、宝石、家具、現代アートなど八十種類の取り扱いがある。主なオークション開催地はロンドン、ニューヨーク、香港。年間のオークション開催数四百。オフィスは世界中に五十箇所。

 美術品を右から左に流すだけで、出品者、落札者双方から手数料を徴収する。

 今回の落札予想価格は九億ユーロ。その数パーセントだとしても、この会社は、小槌一振りで一体幾ら手にする?



 街中にタクシーが入っていくと、数十台のパトカーを見かけた。大きな教会の前だ。

 何か事件が起こったらしい。


 数分後、近代的なビル群の前で降ろされた。ミラノにだってこんなの無い。

「ここは金融街。銀行や投資会社が多くある。そこにリチャード・クリスティンも引っ越してきた」

 目の前には白亜のビル。

 外壁には巨大なデジタルサイネージが施されていて、


「……うわあ。あんただ」


 パスポートの一件で怒っているので自分から話題を提供するつもりはなかったのに、思わず呟いてしまった。

 ロレンツォがオーセンティックバーみたいなセットを背景に気取った感じで何か喋っていた。


 多分、美術品の解説。


「このビルにはテレビ局も入っている。番組を持っていてね」

「いちいち言わなくても、知っているけどっ?!」

「じゃあ、これは?オークションの本場であるイギリスで大人気なのがイタリア男の美術鑑定士ってことで、私はとても気分がいい」

「ああ。そうですか」

 そっけなく答えても、ロレンツォは嬉しそうだ。

「君は喋ってくれるからいいねえ。今日だけで息子との一年分の会話量を超えた」


 ビルの周りには人だかり。カメラを背負っているクルーもいる。


「あんたを撮りにきたのかな?」

「だろうね。運転手さん。裏口へ」

 ロレンツォはビルの中に入ると、ゲートまで進む。

 顔見知りの守衛なのか、ロレンツォが「やあ」と声をかけると、「私を誰だと思っているのだね」というロレンツォの決めセリフを真似て、二人を通してくれた。


 エレベーターに乗り込むと、びっくりするほど滑らかに上昇していくので思わず透明な天井を「すげえ」と口を空けて眺めてしまう。


「さ、こっちだ」

 ロレンツォについていくと、フロアは、青で統一されていた。

 濃い目の青い絨毯。そして、壁は薄い青。アンジェロの部屋に壁紙と似た色だった。


「リチャード・クリスティンのことを軽く説明しておこうか?」

「調べたからいい。世界最古にして最大のオークション会社なんだろ?こういう気取った場所って僕にとっては鳥肌ものなんだけど」
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