上 下
23 / 196
第一章

23.よっぽど嫌われてたんだな

しおりを挟む
 イタリア中部でよく食べられるトマトソースをベースとしたパスタで、グアンチャーレという豚頬肉の塩漬けと、ペコリーノ・ロマーノという羊の乳で作られたチーズが細かくカッディングされ入っている。

 大皿に見栄え良く盛ろうと努力した跡が見られるサラダも出てきた。


「全部あんたの手作り?」

「料理は得意ではないが、夕食は出張で不在の日以外は、ずっと作っている」

「てっきりケイタリングかと」


 店の料理には遥かに及ばない男の不器用な手料理の味は、祖父が作ってくれたものに似ていた。

 最近では、一緒に食事をすることすら無くなっていたが。


 サライはパスタをフォークで口に運びながら、空いている手でキーボードを叩いた。

 作った当人はワインを楽しんでいる。

 検索に夢中なサライに、「食事に付き合ってくれよ」と寂しげだ。

「それは息子にやらせろ」

(まあ、戻ってきたらの話だけど)

「一緒に食事をしたことは数えるほどしか無いんだ」

 サライはパソコン画面から顔を上げる。

「よっぽど嫌われてたんだな」

 すると、ロレンツォが微かに顔を歪め、

「事情があるとは考えられないのかい?ベアリング・キャット」


 どうやら確信を突いてしまったらしい。

 性格の悪い大人をやり込めて気分がよかったかと言うと逆だった。


「あんたさ、アンジェロの失踪原因は分かっていなくても、失踪方法は分かってんじゃないの?」

「どういう意味かな?」

「あんたの息子は学校には金曜日まで行っている。それまで休んだ日は無し。真面目な努力家と推測できる。今まで何か溜めに溜めた鬱憤があって、それがきっと週末に爆発した。金曜の朝に学校に行ったきり、帰宅した映像は無し。つまり、金曜の朝にはもう失踪の覚悟を決めていて、親子の縁を切る紙を勉強机に出していた」

「いいや。息子が失踪したのは、土曜の朝食以降。一緒の席についたからね」

「じゃあ、何で、金曜の帰宅の映像が無いんだ?その日だけ別ルートを通って帰ってきたのか?フィレンツェ中の防犯カメラを細かく調べたけれど、アンジェロは金曜日に学校に出かけて以降、この館に帰宅した形跡がない。じゃあ、金曜日に失踪したとして、どこかで落ち合うとしても電車で、バスで、もしくは徒歩になる。もしくは迎えに来た相手の車に乗るとかさ。でも、その映像は無い。あっ」


 アンジェロの携帯が館に残されていたことを思い出す。


 居所を探られたくなくて携帯を置いていったなら、それは朝のはず。


 なのに、館に帰ってきた形跡のない金曜の夜に『青いドレス女 剣』という不可解な検索をした履歴が残っている。


「アンジェロが検索したっていう絶対の確証は無いけれど」

 サライはブツブツ呟く。


 父親の方は、絵の獲得に名乗りを上げてヨーロッパ界隈で話題の人となっている。
しおりを挟む

処理中です...