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第一章

21.嫌がっていたのに、アンジェロはこの部屋に連れ込まれて考えを変えた?

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 脳裏に浮かぶのは破れた茶封筒だ。


「もしかして、そいつは、ピアノ室の窓から入って、アンジェロを引きずってわざわざこの部屋まで来た?その直前、お前、『養子縁組解消の届出書』を書いてるだろ、って脅して?う、うん?わざわざ絵だらけのこの部屋に連れてくることと養子縁組解消の関連性が無いよな」


 窓から庭を覗き込む。そして、首を横に捻って先程までいたピアノ室の方向を眺める。


「四メートルぐらいありそうだ。たやすく窓から入り込める高さじゃない」


 そして、出ていくのも難儀。きっと足をくじく。

 ふと思う。


 ロレンツォは、「館は息子がいなくなった日のままにしてある」と言った。


「じゃあ、廊下の五本線も把握していて僕に見せるためにあんな言い方。息子を引きずった相手のこと、具体的に知ってんじゃねえの?」


 そう呟いて、変だと即時に思う。


 この五本線がアンジェロのものだとしたら、確実に連れて行かれるのを嫌がっている。

「誘拐みたいなものじゃないか。でも、ロレンツォ公には焦りは皆無」


 ますますおかしい。


「誰かとやらは、アンジェロに何か見せたくてこの部屋に連れてきた?でも、アンジェロは見たくなかった」


 ―――何かって?


 サライは壁を見上げる。


「絵か?」


 だって、この部屋にはそれしか置かれていない。

 誰かとやらが偶然、この部屋にアンジェロを連れて行ったとは考えにくい。


「嫌がっていたのに、アンジェロはこの部屋に連れ込まれて考えを変えた?」

 だから、コンクールが終わったら親子の縁を切ろうと思っていたのが早まった。

 コンクール優勝で得る副賞や進学先、つまり未来がどうでもよくなってしまうぐらい衝撃的なことが起こった。

 この部屋で。


「つまり、絵か?んんん~~~???でも、どう繋がるんだ」

 サライは頭を抱えながら思った。


「確実に言えるのは、ロレンツォ公は、息子に自ら消えられたって展開は嫌ってことだ」

 アンジェロを自室から引きずっていった謎の人物。

 そいつがそそのかしたのでなければ納得できない。 


「この事件が起こる前にすでに親子の縁を切る紙にサインしていたんだから、もともと確執があったんだろうな。そこを暴くのは僕の仕事じゃないけれど」


 絵だらけの部屋を出て解放された気分になった。

 とにかく圧がすごい。

 一息ついてから、アンジェロの自室や与えられた客室とは反対方向に歩きだす。


 その最中に現れるのは、絵、絵、絵。

 馬に乗っていたり、剣を振りかざしていたり、タッチが異なるから絵描きは全員違うだろうが、この館の雰囲気にぴったり収まっている。
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