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第一章

6.ふ、ざ、け、ん、なっ!!

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 問いかけてもロレンツォは立ち止まることなく、聞こえてきたのは扉が閉まる音。


「ふ、ざ、け、ん、なっ!!」 

 サライは言葉の数だけ、アルミの机に額をぶつける。

「あいつ、冷やかしか?!」


 この事件は国中が注目している。

 いくらロレンツォに権力があったとしても、今回ばかりは無理。

 事が大きくなりすぎている。

 自分は世間から見たら残酷な猟奇的殺人犯で、それにはこの顔が一役も二役も買っている。

 色んな場所から届く頭がいかれた女らからのファンレター。無実を信じているから幾ら幾ら添えたと手紙に書かれていても、現金は全部看守が抜いてしまう。


「ふ、ざ、け、ん、なっ!!」

 もう一度頭を打ち付けると、看守が慌ただしくやってきてサライを立たせた。



「あったけえ」

 未成年収容所を出ると、外を吹く風は春の温度だった。

 捕まったのはまだ寒い三月の初め。今は四月の半ば。

 まるでワープした気分だ。


 サライはまだ手錠の感覚が残る手首をさすりながら歩き出す。


 服は支援団体から寄付されたもので、ズボンがでかい。シャツは薄っぺらく春の気温にはちょっと寒い。

 所持金は無し。持ち物も無し。

 警察がやってきたとき、数字が書かれた紙切れを持っていたはずなのだが、それはどこにいってしまったんだろう。


「あんなの意味無かったけどな」

 ギリッと奥歯を噛む。

「そんでもって、こんな釈放の仕方、ねえだろうがよっ!」

と叫ぶと、背後からゆっくり回るタイヤの音が聞こえてきた。


 サライを追い越して少し先で止まったのは黒光りする車で、運転席でロレンツォがハンドルを握っていた。

 窓が開く。


「乗りたまえ」

の言葉に対して、手を差し出す。

「バス代をくれ。あと、誤認逮捕の案件に強い弁護士も紹介してくれ」


 すると、ロレンツォが細長い上半身を折り曲げハンドルに額をくっつけ笑い始めた。

「その図々しさ、よく似たものだ」

「誰に?」

「そのうち嫌でもわかる。だから、乗って」

「あんたを代理でよこした奴か?」

「知りたい?」

「別に」

「車一つ乗るのに、勿体ぶるね君は。さあ、早く」
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