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第一章

4.私はベアリング・キャット殿の力を借りたい。

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 テレビの画面越しどころか数十センチの距離で向き合っても人間味が感じられないので、家族がいるなんてピンと来なかった。


「つまり、養子に出ていかれたと」

「まあ、そのようだ」


 ロレンツォが思慮深い探偵みたいに、組んでいた足を解き深い溜息をした。

 
「息子は二週間ほどで、将来がかかったピアノコンクールなんだ。この届出書を出そうと思っていても」

 彼はそこで言葉を区切り書類の束を指先で突く。

「その後に、と考えて―――」


 いちいち演技がかった男だ。

 食い気味で言い返してやった。

「のっぴきならない事情ができたんじゃねえの?」

「だから、そののっぴきならない事情とやらを調べて欲しいんだよ。ベアリング・キャット殿の腕は信用している。以前、代理の私に助け出された以降も手を休めること無く正義活動していたようだし」

「何言ってんだかわかんないね」


 冷たく言うと、ロレンツォがにやりと笑う。


「アメリカ軍が中東に駐留していた際、秘密基地を見つけたのは君だった。砂漠地帯にランニング記録が無数にあるのはおかしいとヘルスケアアプリから辿ってね。ってことは、ああいうのって衛星回線を使ってるのかい?あとは、アフリカの母子虐殺動画だろうか。数秒の動画に映っていた山の稜線から、虐殺が行われた位置、部族の特定までしてのけた」

 事実だが公表していない情報だった。

「どうやって調べた?そいつにやってもらえばいい」

「君が適任だ」

(その判断基準は何なんだよ)


 内心で盛大に呆れる最中、ロレンツォがべらべらと続けた。

「私はベアリング・キャット殿の力を借りたい。あ、サライと呼ぶ方が親近感があっていいかな?」

 急に、限られた身内しか呼ばない愛称を出されて鼻白む。

 何者かに首を落とされ死んだ祖父。そして、自分が五歳のときに祖父に預けたまま帰ってこない母親。まあ、きっとどこかでのたれ死んでいるに違いない。


 ちなみに本名はジャン・ジャコモ・カプロッティ。

「却下。調べるのも、愛称で呼ぶのも」

「なかなか言いださないねえ。サライ」

 却下だと言ったのに、勝手に呼んでくる。

 何て性格のねじ曲がった大人だ。


 ロレンツォが今度は身体を起こし、アルミの机に肘を尽き頬をそこに乗せる。

 とてもつまらなさそうだ。


「言いださないって何を?」

「涙と鼻水を垂らして、僕は無実だ。ここから出してくれってみっともなく言うセリフ。今回ばかりは、期待していたのに」

「無実だと何度も言った。警察が僕を犯人だと決めつけるなら、裁判で闘う」
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