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第二章

13:お願いします。途中まで!少し離れてついていきますから

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 普段使っている旅用のマントがあまりにもくたびれていたので、今回は手持ちのものを持ってきたのだ。エルバート家の者だとわからないよう目立つ装飾は全部取ったはずだったのだが、こんなところに隠しボタンがあったとは。
「てことは、アスラン様って?」
 厚い前髪の隙間で、ルルの濃い焦げ茶色のいつも暗く沈んでいる目に、光が宿ったのが分かる。
「期待させて悪いが、僕の身分なんて飾りみたいなものだぞ」
 アスランは、手に持っていた剥きかけのオレンジをルルに渡した。
「やるよ。この村になっているオレンジは酸っぱくて食えたもんじゃないだろ」
「いいんですか?!」
「獣が寄ってきてしまうから早く」
「甘---いっ」
 口に放り込んだルルは、感激したように言う。
「それにいい香りだ。和みます。アスラン様からもたまに香りますよね」
「それは、特性のオイルを塗っているからだ。オレンジの皮を蒸気で蒸して作る。傷の消毒に肌の保湿にと万能薬なものでね。旅には無くてはならないものだ。なるほど、だから、どこからともなく現れるのか、君は」
「はあ。すいません」
 すると、少量のオレンジは彼の腹の虫を刺激したのか、くるくると鳴き始めた。
 アスランは鞄を探って、干し肉の塊とパンを取り出した。日持ちがする干し肉はゴート城から持ってきたもの、パンは今朝の残りだ。
 それをルルに強引に押し付ける。
「あの、これは?」
「口止め料」
 すると、ルルがふるふると首を振りながら返してきた。
「金ボタンの紋章のことは、俺、誰にも喋りません。だから、一つ質問していいですか?」
 アスランがいいよと言う前に、ルルはボソボソと続ける。 
 どんくさそうに見えて、こういうところは早いのだ、この田舎剣士は。
「アスラン様や、ご親族様で用心棒や護衛剣士が入り用なお宅はありませんか?働き口を探しているんです」
「誰が?」
「俺です」
 アスランは吹き出すのをこらえた。
 ルルの早朝練習を二階の宿屋の部屋から見たことがあるが、庭に設置された動かない木人相手にでもかなりのへっぴり腰だ。おそらく、独学。それ以前に剣士としてのセンスがまるで感じられない。
「悪いが、年齢一桁の見習い少年兵のほうがまだマシだ」
 うーん。これはあまりも正直に言い過ぎただろうか。
 思ったことをはっきりと告げてしまうせいで、王都時代も辺境伯となった今も、誰も側に寄り付かない。でも、この性格を嫌っているわけでもない。中途半端な王位継承者であっても、アスランを利用してやろうと寄ってくる者は大勢いる。そんな奴らを一筋縄ではいかないからなと牽制するくらいには役立っていた。
 しゅん、と分かりやすいぐらいにしょげたルルだったが、
「だったら、拳闘大会に出て、いい成績を収めてからのほうが有利ですね?」
と聞き返してくる。
 周りの人間から簡単に握り潰されそうなヤワな心をしているように見えて、その芯は固く。
 そういうタイプかと思いながら、アスランは黙って耳を傾ける。
「王都では毎週のように剣闘大会があるって聞いています。優勝した剣士は、名誉と職が与えられるって」
「あんなのは、見せ物だ」
「それでもいいです。俺、出たい。だから、アスラン様がこの村を去る時、ついていっていいですか?お願いします。途中まで!少し離れてついていきますから」
 村を飛び出すのは、王都から遠く離れた者ほど勇気がいるだろう。
 最悪、もう戻ってこられないかもしれない。
 だが、飛び出すきっかけに自分が使われるのはごめんだ。
「勝ち抜き戦だったら、君、初戦で負けるぞ。しかも、王都の賞金稼ぎの剣士は容赦がないから、新人には深手を負わせようとする。最悪、首と胴体が繋がっていないかもしれない」
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