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第八章

163:やっぱり持とうか?

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 祇園祭というのは、尚が想像する以上に巨大な祭りのようだ。
 河原町という繁華街は交通規制されているが、真っ直ぐな大通りなので、先まで見渡すことができた。
「すげえ。あ、あの提灯がいっぱいぶら下がった櫓みたいなのは何?」
「あれは、山鉾。今日は宵山っていう前夜祭で、山鉾巡行の日になれば、あれが人力で動く。確か三十四基あるんじゃなかったかな?ねえ、そうですよね。運転手さん」
 すると、ハンドルを握っていた運転手が頷く。
 窓を開けると、生ぬるい風とともにシャンシャンという鐘の音と、笛の音が聞こえてきた。
 なんとなく気分が高揚する。
 可能なら、時雨と手を取って踊り出したい気分。
 全然興味の無かった祭りを好きになるなんて、やっぱり自分は神様になったんだなあと尚は思う。
 祇園で下ろして貰い、尚はトランクを持って時雨の後をついていった。
 人で賑わう河原町と違って、こちらは静かだ。
 石畳の小道があり、脇に料亭や旅館などが並んでいる。
 大人のために街って感じだ。
「やっぱり持とうか?」
「いいって」
 照れくさくなり、ちょっとつっけんどんに答えてしまった。
 ホテルは和風で、いかにも時雨が好みそうな感じだ。
 ラウンジは、間接照明が使われゆったりしたソファーがあり、壁には衣紋かけにかけられた状態で着物が飾られている。
 フロントは大きな囲炉裏みたいな作りで、背後の壁には茶箪笥が並んでいる。着物を着たフロントスタッフが開け閉めしているので、インテリアとしてだけではないらしい。
 部屋は、壁紙に黒い円や銀の波模様が使われていて素敵だ。
 備え付けのテーブルに尚はトランクを置く。
 その背後にはセミダブルベットがどーんとあるので落ち着かない。
「これ、開ける?」
「あとででいいよ。それよりも、お腹空かない?ご飯食べがてら、せっかくだし祇園祭りに行こう」
「いいの?時雨さんは疲れてないのか?」
「疎雨があれこれ世話を焼いてくれたお陰で元気になったよ。祇園祭綺麗だったでしょ?案内できるからお礼をさせて」
「やった」
 時雨が当たり前のように手を差し出してきて、尚も当たり前のようにそれを握って二人でハッとした。
 尚からぱっと手を離す。
「間違えた」
「そうだね」
 一瞬だが握った手が懐かしかった。
 祇園から河原町の方向へと尚たちは歩き出す。
 そちらに迎えば向かうほど人の出も半端なく、押し合いへし合いしながら進んでいく。
「すごいなあ」
「七月頭から約一ヶ月続く祭りの一部だけど、やっぱり宵山の賑わいはすごいよねえ。疎雨は昔の建築物が好きって言っていたから、京都出張は一石二鳥だね」
「うん。いい時期に来れた。時雨さんは、祇園祭には芙蓉さんと来た?」
「何回かね。あ、思い出した。お皿を直してくれてありがとう。ポストに突っ込まれていたのにはびっくりしたけれど」
「ああ、あれな。どうにかして直せねえかなって思ってたら、恵風が金継ぎで直せるって。俺も破片を組み合わせるのは手伝ったけれど、金粉塗ったりどうしても足りない破片を新たに作り足してくれたのは恵風だよ。雰囲気が変わっちゃったと思うけれど、怒ってない?」
「まさか。あとでお礼を言っておかなきゃ」
「あいつ相当びびりそう。あれ、時雨さん?」
 肩を並べて歩いていたはずなのにいつの間にか時雨の姿がない。
「時雨さん!時雨さん!」
 迷子の子供みたいに右往左往しながら叫んでいるとぐいっと肩を掴まれた。
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