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第八章

162:宿なんて取れると思う?」

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 もうすっかり日暮れだ。
 夏なので明るいだけで、時間的にはもう十九時近い。
 石畳を降りながら会話する。
「二十一時台が東京行きの最終」
と時雨に言われ尚は携帯で時計を確かめる。
「間に合うかな?無理ならホテルを取るよ。旅費はたくさん貰っているし。三回目の仕事は入っていないから京都観光でもしていく」
「恵風君をほっぽっていいの?連絡でもしたら?」
「恵風?仕事で京都へ行くとか特に伝えてねえよ。土産ぐらいは買ってってやろかなとは思うけれどさ。薫風も喜ぶだろうし」
「まさか別れた?」
「いや、そもそも付き合ってねえし」
「だって、あの店でデートしてたよね?旧館は今度予約取って行こうねって言ってたあの店に」
「何だよその言い方。嫌味ったらしいな。恵風のじいちゃんの店だよ。宿主の親の店だから、実質のじいちゃんじゃないけど。俺が実習で作るおはぎが先生に余りにも不味いって言われて、居残りくらった時に助けてくれたんだ。そのつながりであの店へ。時雨さんこそ何だよ、嫉妬か?俺のこと放置して、門前仲町の家まで売り払ったくせに。卒業式も来なかったし」
「お詫びとして晴れ着を贈らせていただきました」
「晴れ着より、あんたが来てくれた方がよかったんだけど、俺」
『またあんたって』
 声がハモると、時雨が鼻の上にシワを寄せた。
「真似しない」
「はいはい」
「はいは一回。東京への帰りの新幹線も間に合わないだろうし、宿も取れないだろうから、僕の宿へ行くよ」
「はいはい。えっ?い、いいよ。どっかに探して泊まるし」
「今日は祇園祭のハイライト。五十万人ぐらいの人出だけど?宿なんて取れると思う?」
「祇園祭?なにそれ?」
「疫病退散を願うお祭り。平安時代から続いている」
 急な展開に、ぼさっとしかけた尚だったが、自分の頬を数回ぺちぺちと叩く。
 駆け出し、石段の先を降りていた時雨にすぐ追いついた。
 トランクの中身が揺れてゴトゴト音を出す。
「持とうか?」
「いいよ。そこまで重くないし」
 そう言いつつも、こういう気遣いがうれしい。
 石段を降り道でしばらく待っていると、時雨が呼んだらしいタクシーがやってくる。
 たぶん、神様タクシーだ。だって、屋根灯にでっかく『神』って書いてある。
 トランクを真ん中に挟んで、二人して後部座席に座る。運転席の隣に光るメーターも円表記ではなかった。
「祇園まで」
 時雨が行き先を告げると、タクシーが静かに動き出す。
「京都は始めて?」
「うん」
「じゃあ、いい時期に来たね」
と言った時雨は口の中で続けて、「来たというか、来させられたというか」とむにゃむにゃと言った。
「いいのか?俺が泊まっても?」
「セミダブルだから、寝られなくはない。ホテルには一人追加でって言っておく」
「ありがと」
「こちらこそ。翠雨と氷雨に振り回されて大変だったね」
「別に。京都旅行もできたし」
と尚は言った後、さっきの時雨みたいに「時雨さんにも会えたし」とむにゃむにゃと呟く。
 やがてタクシーは京都市内へ。
「わあ」
 タクシーの窓に張り付いて、尚は歓声を上げた。
 人、人、人、人!
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