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第七章

137:勝手に冷蔵庫を開けてカルピスでも飲んでろ

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 大きな困難を乗り越えて、再び顔を合わせたはずなのに、盛り上がっているのは自分だと。
 さらに驚きが襲う。
「時雨さん!手が!!」
 骨壷を持っていた手は半透明だったのだ。
 尚の声で、翠雨が白猫から青年の姿に変わった。
 そして、今にも気を失いそうな青白い顔をする時雨に駆け寄っていく。
 時雨が翠雨に押し付けるようにして、骨壷を預けた。
「あとよろしく」
「今、さっき悪尚が目覚めたばかりなんだぜ?間も置かずに次はお前かよ」
「悪いね」
 弱々しく言う時雨の身体が溶けるようにして薄くなっていき、
「……消えた」
 浴衣だけがパサッと畳の上に落ちた。
「時雨さんっ!?」
 尚は絶叫しそこに倒れ込んだ。
 浴衣を引っ掻き回して時雨の痕跡を探すと、そこから出てきたのは青い陶器のかけらだ。
 きっと皿の一部。形からして縁が欠けていた部分がこれだろう。
 尚はそれを拾って叫んだ。
「ど、ど、どういうこと?時雨さんが消えた?まさか、死んじゃったんじゃ」
「悪尚。落ち着け。神様は死なない。依代にしていた皿の欠片がもう限界だったんだ。本当は狭間から戻ってきた時点で、携帯に例えると充電三パーセントぐらいしかない状態だったのに、ラブマ神のヤツ、お前が荼毘に付されるの見届けるんだって譲らなくて」
 翠雨が蚊帳の中に入っていき、もう一組布団を敷き始める。
 そこに、硬い陶器の破片のようなものを置いた。
 垂れ下がった藤の花の一部が描かれている。
 尚ははっとした。翠雨が聞いてくる。
「これから依代を新しいのに変える。事前に渡されてたんだけど、何なんだこれ?」
「……俺の母親の骨壷一部。どうして、こんなものを」
「鈍いな。悪尚の感情が籠もっているから、持っておきたかったってことだろ。あ~あ。センチメンタルは猫も食わないぜ」
 翠雨が蚊帳から出てくる。
「依代の交換時は神様になりきれなかった低級の霊体が寄ってきやすい。蚊帳を結界が代わりに使って俺と氷雨でラブマ神を護衛する」
 翠雨が手を合わせた。途端、
 ぱあん。
 空気が急に張り詰めた。
「これが、結界?翠雨さん、すげえ」
 まるで森の中にいるみたいに空気が澄み始める。
「あの、俺は?何かできることがある?」
「勝手に冷蔵庫を開けてカルピスでも飲んでろ」
「そんな」
 尚は、時雨のいや、時雨が依代としている骨壷の欠片を蚊帳の外で見つめ続けた。
「そこにいたって、意味ないぜ。新人の神様なんて、最初のうちは出来ることなんてないんだから。それに、ラブマ神の奴、エネルギーをほぼ限界まで使い切っているから、新しい依代に移って身体を作るのにマジで時間かかる」
「どれぐらい?」
「二週間ってとこ。普通は五十パーセントもエネルギー使ったら、身体を休めるもんなんだけど、狭間行ったりそこで幻影作ったりしたから。それでも、異様な減り方だ」
「それって、俺が救世教団に奪われた腎臓と左目を再生しようとしたからかな」
 翠雨がぱちんと自分の額を打つ。
「それだ」
 そして、蚊帳の中の青みがかってきた依代を見つめる。
「無茶なことしやがる」
「そうまでして俺に生きて欲しかったんだ。俺、期待を裏切った。再生してもらった腎臓をいらないって言ってしまった。……一人で生きたくなかったから」
 すると、翠雨が尚の背中を痛いぐらいに叩く。
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