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第六章

132:付いてくるな。殺すぞ

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「そっちじゃないって」
「付いてくるな。殺すぞ」
 威嚇するが、息が切れる。
 尚は一歩も歩けなくなって座り込んだ。
「だったら、好きにすればいい。どうせ、消滅の恐怖で扉を潜らざるを得なくなるんだから。見送りたかったけれど、僕が狭間にいるほうが尚の命を危険に晒してしまうみたいだね」
 時雨が座り込んでいる尚の頭に手を起き、つむじの辺りに口づけた。
「どうか、幸せに」
「時雨さんっ!」
 振り返って叫んだが彼の姿はもう無かった。
 まさに今生の別れというものするはずだったのに。
「あっさりしたもんだ」 
 拍子抜けし尚は暗闇に寝転がる。
「向こうに帰っても誰もいない。時雨さんも、翠雨さんと氷雨さんも。教祖だって。母親だって---いない」
 消滅とはどういうものなのか、身体がひどく重いこと以外はわからなかったが、だんだん内臓ごと闇に溶けていく感覚を知るようになった。
 やがて細胞の一つ一つも消えていく。
「存在が消えて無くなるって、やっぱり怖いな」
 どれぐらい過ぎたのか、目を開けると、時雨が仁王立ちで立っていた。
「どうしてまだいるの?どうしてあの扉を潜らないの?人間の意思で恐怖に打ち勝てるわけないのに。もういい。引きずっていく」
 時雨が闇に横たわる尚の手を取る。
 ボロリと引っ張られた腕が落ちた。
 それが闇に消えていく。
「尚!」
 時雨が悲鳴を上げた。
「タイミングを見計らって、俺を人間の世界に戻そうと考えてたみたいだけど、そうはいかなかったみたいだな。ずっと隠していたけれど、俺、かなり前から限界が来ていたみたい。もう手遅れだと思う」
「まだ、頭も胴体も残っている。それだけでも」
 時雨が新たに白い扉を作った。
「無駄だよ。たぶん、時雨さんが動かそうとすれば身体はさらに砕ける。分かるんだ。どんどん俺って存在が細かくなって闇に流れ出ていくのが。でも、なかなか死ねない」
「だから、狭間で死ぬのは楽じゃないって言っただろ!ここからが途方もなく長いんだ」
 時雨が泣きながら叫んだ。
「ずっと覚えていてくれるって言ってくれて嬉しかった。もうその言葉だけで十分」
 時雨が最新の注意を払って尚の背中を支えた。そして、自分の膝の上に寝かす。
「尚。本当に死にたいの?」
「藤井久子を刺した罪も償わずとんずらする。でも、罪悪感すら沸かないんだよ」
「当たり前だ。尚を利用しようとしてたんだから」
「教祖も刺した」
「あんな奴、もっとどうでもいい」
「駄目だろ、本物の神様のくせに。そんなこと、言っ、ちゃあ」
 話している最中、身体全体がきゅうっと痺れ始める。
「……何、……これ」
「これが死だよ。消滅のための準備」
「……そうか」
「今からでも扉を潜ろう」
 尚は首を振ろうとした。
 すると首の付け根に亀裂が入り、サラサラと体内から何かがこぼれていく。
 それは、命そのものだろうか?
「俺、やり尽くしたんだって。本当に、後悔は無いんだって」
 なんとか笑おうとすると、時雨が叫ぶ。
「後悔が無いわけ無いだろう!見つけようとしないだけだ」
「死ぬ間際でも説教」
「違う」
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