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第六章

129:僕はもう用済みになるからね

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 ---昇天するほどの気持ちのよさにまみれる。
 そう想像していた。
 なのに、やってきたのは消化不良のような満足感だった。
 合っているはずなのに、完全正解ではない。
 そんな感じの気持ち悪い感情にまみれ、母親が入った骨壷を持って教団本部を出た。
 かなり歩いて飛騨の街まで行き、タクシーを捕まえて東京までと言った。
 細胞が一気に流れ出てしまったかのように疲れ切っていた。
 もう一歩も歩きたくなかった。
 何かを抱いていたずだった。でも、途中コンビニに寄るために後部座席の下に荷物を置いた後は存在を忘れてしまった。
 出せるだけの金をATMから取り出し、またタクシーへ。それでも池袋の辺りまでしか行けなかった。そこからは歩いて門前仲町方向へ向かった。もうその時点で革靴は底が抜け、アキレス腱の靴ずれもひどかった。
 やがて、月島までたどり着く。駅前を通り過ぎると、少し傾いた台形の鉄骨橋である相生橋が見えてきた。
「橋に着く前に、途中でまたコンビニに寄り酒を買ったんだ。……全部、記憶が戻った」
「だそうだ」
 じっと耳を傾けていた氷雨が廊下の方を見る。
 そこには、時雨が立っていた。綺麗な白い浴衣を着ている。
「狭間への長居は危険だ。俺たちはそろそろ行く。またな、悪尚」
 氷雨が長い鼻先で尚の頬を突いてくる。
 続いて寄ってきた白猫は、尚の膝の上に手をかけた。
 爪とぎをされると身構えたが、白猫は「にゃおん」と寂しげに鳴いただけだった。
 まるで「じゃあな」と言っているようだった。
 二匹が廊下を駆け出し、玄関を器用に開けて闇の中へ出ていく。
 一度だけ白猫が振り返ったが、氷雨に急かされてまた走り出した。
 時雨が側に寄ってきて、座す。
「俺に刺された腹は?」
「治ったよ。それに尚が刺したのは教祖の幻影。気に病まないで」
「呆れていなくなってしまったんだと思った」
「ううん。尚を送り出すための準備があって」
「俺、教祖が死んだのが本当なら、ここで命を終えてもいいと思っているんだけど」
「尚」
「俺の命だ。好きに使わせてくれよ」
「尚って。真の復讐を遂げたいんじゃないの?」
「遂げたら、時雨さんとはいられないんだろ?」
「僕はもう用済みになるからね」
「用済みになるわけねえだろ。キスしといて、一緒に寝ておいて、もっとすごいことだって」
「でも、尚は忘れちゃう」
 ニコッと時雨が笑う。
 救世教団の信者とはまた違う嘘くさい笑い方だった。
「側にいさせろよっ」
「僕は神様。君は人間」
「いさせろって。言っただろ。一緒にいたい相手はあんたが初めてだって」
「うれしい」
「だったら」
 時雨が首を降る。
「何でだよっ!?」
 悲鳴めいた声が口から出た。
 半身が引き裂かれるような痛みすら覚えていた。
 それでも、時雨は尚を拒絶する。
「尚は僕のことを忘れてしまうけれど、僕は尚のこと、ずっと覚えているから」
と。
 どんなにすがったって無駄なのだと尚は悟った。
 ハンマーを持って庭に駆け出す。
「またお前が邪魔をするっ」
 骨壷に納まっている女に向かって絶叫した。
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