【完結】神様はそれを無視できない

遊佐ミチル

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第六章

116:そこから、キス……

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 教祖を殺すカウントダウン中の日々で、自分がキスしたり競馬場や甘味処に行くなんて浮ついたこと、そして、痛む腹を撫でてなど、甘えたことを言うわけがない。
 尚は、座敷テーブルの上で小山のようになっている紙切れをつまみ上げ上から落とした。さらさらと紙の山が崩れていく。
「出会ったのは月島の相生橋付近って言っていたな。俺は酔っ払っていて」
 腎臓が一つ無いし、手術の予後が悪かったのもあるが、教団が禁止している悪魔の水を逆らってまで飲むというのも、いつまでも教団に囚われている気がして避けていた。
「なのに、飲酒って。え?光った?」
 崩れた紙切れの山の内部がホタルみたいにふわっと発光している。
 そこに手を突っ込んで光っている紙切れを引き寄せると、顕微鏡で見る微生物みたいなものが紙の中でうねっていた。
「何だこれ」
 光る紙は他にもあるようだ。それをかき集めてみると、破片と破片がぴったり合いそうだ。
 尚は試しに全て繋ぎ合わせてみることにする。
「えーと、この紙切れがここか」
 最終的には一枚のノートの形になった。
「出来た。------あ」
 芸能人の名前をど忘れして「えーと、あの人名前なんだっけ?あ!」と思い出したときみたいに、ふっと記憶が出てくる。
 相生橋のたもとで自分は酔っていて、息を切らせた浴衣の男が、
「やあ。佐伯尚。探したよ」
と笑顔を向けてきて。
 最初は不審だったけれど、近くの自販機から水を買って与えてくれて。
 長い時間背中をさすってもらった気がする。
 何でって。
「俺が泣いてたからだ」
 何故か無性に悲しかった。そして、身体が熱くてたまらなかった。
「それって、真夏なのに分厚い冬物の喪服を着ていたからだ。革靴も靴も壊れていて」
 家まで送ると言われたけれど、酔いのせいで立てなくて。
 おぶってもらった背中の上で自分はゆさゆさ揺れていて。
 不思議とそれが気持ちよかったのを覚えている。
 教えていないのに時雨は尚のアパートを知っていて、エアコンが無いせいで汗にまみれた汚い布団に添い寝をしてくれた。
 普段だったらそんな無防備なことは絶対に許せないのに、酒のせいで判断が鈍くなったのか、もっといて欲しいみたいな甘えたことを言ってしまった。
「そこから、キス……」
「何してるの?」
 急に背後から時雨の声がして尚は飛び上がった。
「お、おかえり」
 慌てて並べた紙切れを、小山の中に戻す。
 集中力が途切れた途端、だるさに気付いた。
 身体がなんだか重い。少ししんどさを感じる。
 気のせいか? 
 時雨は両手にいっぱいのビニール袋を持っていた。
 中にはバナナやパイナップルなど様々なフルーツが入っている。 
 国産オーガニック生クリームと書かれた小さなパックの文字も透けて見えた。
 時雨が上という天界にも、スーパーが??
「あれ、シャンプーのいい匂いが尚から擦る」
「風呂に勝手に入った。浴衣も借りた」
「着方がひどいね。教えたはずなんだけどな」
 時雨は小さなため息を付いて、尚を座椅子から立たせると、スーパーの袋を座敷テーブルの上に置いてから尚の足元に膝立ちになり浴衣の合わせを整え帯を腰に巻いていく。
 つむじが見えて、そこを見つめていると、時雨が「何?」と顔を上げた。
 唇に目が行く。
 だから、ぐいと顔をそらした。
 自分の人生を壊した教祖を殺すことだけが生きがいだったのに、今はこういうほんの些細な接触にドキドキしている。
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