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第六章

111:誰一人、ふざけてなんかいない。

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「やあ。佐伯尚。僕は質屋。不幸買い取り専門の」
 時雨と名乗った男に話しかけられても、音が素通りしていく。
 憎い敵が、目の前で掻っ攫われて殺されたのだ。
 呆然自失にもなる。
「名前は時雨」
 反応がない尚に、男はかすかに失望したようだ。
「立って。ここから離れよう」
と手を差し伸べられて、ふつふつとした怒りが湧いてきた。
 そんなのおかしいだろうという怒りだ。
 時雨の手を払い除け、尚は再び教祖が横たわる現場に戻ろうとする。
 足がもつれて上手く走れない。
 舞台の手前で前のめりに転ぶとその上から時雨が尚の身体に乗り羽交い締めしてくる。
 どんなに抵抗しても、這って前に進むことも出来なかった。
「全ては予定通り終わったんだ」
 冷静に言われて、怒鳴り返す。
「予定通りだって?全然、違う!俺が殺すはずだった。なのに」
「違う。もともと、あの青年が教祖を殺す予定だったんだ。逆に君が狂わせた」
「何で俺が責められる?ふざけんな!」
 床に押さえつけられても舞台に出ていこうとする尚を、時雨がむりやり振り向かせた。
「誰一人、ふざけてなんかいない。君が殺した、殺していないにかかわらず、結果として教祖は死んだ。今回は完全に絶命した」
 尚の身体がぶるぶる震え始める。
 怒りが溢れて止まらないのだ。
「俺以外の誰かに殺されたって?この手であいつを殺してやることだけが人生の望みだったのに」
 時雨がドクロマークのハンコが一面に押されたカードを見せてくる。
「本当にそうだろうか?それが本当なら、このドクロの多くは、僕が買い取れる状態になっているはず。君の不幸のほとんどは救世教団によるもの。なのに、変化はない。君の真の望みは何なんだ?もう殺す相手はこの世にいないんだよ」
「あんた、頭は大丈夫か?」
「言ったろ?僕は、不幸買い取り専門の質屋だって」
「救世教団の教祖は、俺以外に殺されるなんてありえない」
「教祖を恨んでいたのは君だけじゃない。だから、君以外の青年が殺した。それが、正しい結末だったんだ。さあ、ここから去ろう」
 時雨が尚の身体の上からどき、無理やり立たせようとする。
 服の埃を払い尚の腕を掴んで、舞台とは反対方向に歩き始めた。 
「どこに連れて行く気だ?邪魔をしないでくれ。俺は、殺さないきゃならない相手がいるんだ」
 尚は時雨の手を全力で振り払う。そして、彼が片側の肩にかけていたリュックを奪った。そこには、武器である短刀が入っているからだ。
 明るいライトに照らされた舞台では、萎びた老人が横たわっていて何人もの男女が周りを取り囲んでいた。
「うおおおおおっ」
 叫んで、舞台へと駆け出す。
 リュックから短刀を取り出しながら完全に気が狂ってしまったのかもしれないと、冷静に思っている自分がいた。
 周りの男女をなぎ倒して、舞台に倒れている老人へ近づいていく。
 胸に血の花を咲かせている相手は他の男にすでに殺されていると分かっている。
 分かっているのに、止められない。
 振り上げた短刀で胸を一突きしかけたその時だった。
 ---ビリリ。
 紙のようなものが頭上で破れる音がする。
 天井じゃない。
 もっと高く。天空のさらに向こう、人間ではたどり着けないような遠くにある場所から聞こえてきた。
 少し時間を置いて、白いものが降ってくる。
「雪?いや、紙切れ?」
 それが、尚の足元で小山になっていく。
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