107 / 169
第六章
107:さあ、さあ、尚さん。あなたも
しおりを挟む
「ちょうど、東京までヘリが出ます。教祖様のお導きです。二時間もあれば着けますよ。急ぎましょう。おっと、立てますか?」
飲み物を一瞬口に含んだだけなのに、足にきていた。
それとも、自分が男の洗脳で幸福というまやかしにかかってしまっているのか。
男に支えられ号泣しながらソファーから立つ自分を、もう一人の尚が冷めた目で俯瞰していた。それは心の中にいる尚なのか、脳内なのかは分らない。
肩を抱かれ歩かされる。
応接間を出て廊下を何度も曲がり、敷地の奥へ奥へと進んでいく。十五年ほど前には無かった建物が幾つも出来上がっていて、その中に一つに入り屋上へ。
ババババッと音を鳴らしながらヘリが待機していた。
かなり大型で運転席を含む座席は四つ。そして後部にはストレッチャーが二つ。
右側には酸素マスクを付けた状態で女性が横たわっていた。
「さあ、さあ、尚さん。あなたも」
勧められなくても尚は立っていられない状態だった。
「あの……。リュック」
あれが無ければ始まらない。
短刀。
以前、飛騨にやって来たときに教団施設内部で手に入れた。保管庫があるのだ。場所は昔と変わっていなかった。
自分は何かを見せられてそこに飛び込んだのだ。
衝撃的な何かを。
この教団は献金だけではなく、在家信者からたくさんの家庭用品や骨董を巻き上げている。救世教団とは分らない名前でバザーを行い自治体のお墨付きを貰う。そして、信用されている組織に見せかけて新たなカモを油断させる。
短刀ぐらいはあるだろうと思って駆け込んだら、案の定だった。
それを持って自分は……。
どうしてこんな記憶が?
柔らかい人間の腹をえぐった感触、そして、柄の部分まで滴ってきた生暖かい血。
それも一人だけじゃない。
刺し終えて、紙袋に入った陶器を持ってその場を離れたのを覚えている。
男が救急隊員の格好した者たちに尚を引き渡す。
リュックも無事積み込まれた。
ストレッチャーに寝かされた。彼らが尚の身体にベルトをつけたりしている最中、銀狐と白猫がこっそりヘリに乗り込んできた。
尚は、酸素マスクを付けられる。
そこから本当に酸素が出ているのか判断は出来ない。
急速に眠くなってきたのは確かだ。
隣に横たわる中年女性が霞む。
尚は思った。
ああ、この人。俺が刺したんだった。
皮膚を剥がされ臓器を取られた母親の写真を、神様に身を捧げたのよと喜々として見せて来るから。
息子もそれに続けというようは雰囲気を見せたから。
そして、車に轢かれて母親が死んだきっかけは、尚によく似た信者でもない見知らぬ子を助けたからと言ったから。
「尚さん。尚さん」
頬を軽く叩かれ、男の声で尚は目を開ける。
辺りがザワザワしていた。
大勢の人がいる雰囲気がある。
眩しくて目が開かない。
ババババッというヘリの振動は止み、リクライニングのような椅子に座らされていた。
次第に目が慣れてきて、自分が客席を見下ろす壇上に上げられているのが分かる。
教団本部ほどでは無いが、一万人は収容できそうなかなり大きなホールのようだ。
失敗したのだ、と尚は思った。
右目を献金代わりにするという餌をちらつかせて教祖襲撃を狙っていたのに、相手は尚を待ち構える準備をしていた。
『自己紹介してください』
飲み物を一瞬口に含んだだけなのに、足にきていた。
それとも、自分が男の洗脳で幸福というまやかしにかかってしまっているのか。
男に支えられ号泣しながらソファーから立つ自分を、もう一人の尚が冷めた目で俯瞰していた。それは心の中にいる尚なのか、脳内なのかは分らない。
肩を抱かれ歩かされる。
応接間を出て廊下を何度も曲がり、敷地の奥へ奥へと進んでいく。十五年ほど前には無かった建物が幾つも出来上がっていて、その中に一つに入り屋上へ。
ババババッと音を鳴らしながらヘリが待機していた。
かなり大型で運転席を含む座席は四つ。そして後部にはストレッチャーが二つ。
右側には酸素マスクを付けた状態で女性が横たわっていた。
「さあ、さあ、尚さん。あなたも」
勧められなくても尚は立っていられない状態だった。
「あの……。リュック」
あれが無ければ始まらない。
短刀。
以前、飛騨にやって来たときに教団施設内部で手に入れた。保管庫があるのだ。場所は昔と変わっていなかった。
自分は何かを見せられてそこに飛び込んだのだ。
衝撃的な何かを。
この教団は献金だけではなく、在家信者からたくさんの家庭用品や骨董を巻き上げている。救世教団とは分らない名前でバザーを行い自治体のお墨付きを貰う。そして、信用されている組織に見せかけて新たなカモを油断させる。
短刀ぐらいはあるだろうと思って駆け込んだら、案の定だった。
それを持って自分は……。
どうしてこんな記憶が?
柔らかい人間の腹をえぐった感触、そして、柄の部分まで滴ってきた生暖かい血。
それも一人だけじゃない。
刺し終えて、紙袋に入った陶器を持ってその場を離れたのを覚えている。
男が救急隊員の格好した者たちに尚を引き渡す。
リュックも無事積み込まれた。
ストレッチャーに寝かされた。彼らが尚の身体にベルトをつけたりしている最中、銀狐と白猫がこっそりヘリに乗り込んできた。
尚は、酸素マスクを付けられる。
そこから本当に酸素が出ているのか判断は出来ない。
急速に眠くなってきたのは確かだ。
隣に横たわる中年女性が霞む。
尚は思った。
ああ、この人。俺が刺したんだった。
皮膚を剥がされ臓器を取られた母親の写真を、神様に身を捧げたのよと喜々として見せて来るから。
息子もそれに続けというようは雰囲気を見せたから。
そして、車に轢かれて母親が死んだきっかけは、尚によく似た信者でもない見知らぬ子を助けたからと言ったから。
「尚さん。尚さん」
頬を軽く叩かれ、男の声で尚は目を開ける。
辺りがザワザワしていた。
大勢の人がいる雰囲気がある。
眩しくて目が開かない。
ババババッというヘリの振動は止み、リクライニングのような椅子に座らされていた。
次第に目が慣れてきて、自分が客席を見下ろす壇上に上げられているのが分かる。
教団本部ほどでは無いが、一万人は収容できそうなかなり大きなホールのようだ。
失敗したのだ、と尚は思った。
右目を献金代わりにするという餌をちらつかせて教祖襲撃を狙っていたのに、相手は尚を待ち構える準備をしていた。
『自己紹介してください』
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる