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第六章

107:さあ、さあ、尚さん。あなたも

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「ちょうど、東京までヘリが出ます。教祖様のお導きです。二時間もあれば着けますよ。急ぎましょう。おっと、立てますか?」
 飲み物を一瞬口に含んだだけなのに、足にきていた。
 それとも、自分が男の洗脳で幸福というまやかしにかかってしまっているのか。
 男に支えられ号泣しながらソファーから立つ自分を、もう一人の尚が冷めた目で俯瞰していた。それは心の中にいる尚なのか、脳内なのかは分らない。
 肩を抱かれ歩かされる。
 応接間を出て廊下を何度も曲がり、敷地の奥へ奥へと進んでいく。十五年ほど前には無かった建物が幾つも出来上がっていて、その中に一つに入り屋上へ。
 ババババッと音を鳴らしながらヘリが待機していた。
 かなり大型で運転席を含む座席は四つ。そして後部にはストレッチャーが二つ。
 右側には酸素マスクを付けた状態で女性が横たわっていた。
「さあ、さあ、尚さん。あなたも」
 勧められなくても尚は立っていられない状態だった。
「あの……。リュック」
 あれが無ければ始まらない。
 短刀。
 以前、飛騨にやって来たときに教団施設内部で手に入れた。保管庫があるのだ。場所は昔と変わっていなかった。
 自分は何かを見せられてそこに飛び込んだのだ。
 衝撃的な何かを。
 この教団は献金だけではなく、在家信者からたくさんの家庭用品や骨董を巻き上げている。救世教団とは分らない名前でバザーを行い自治体のお墨付きを貰う。そして、信用されている組織に見せかけて新たなカモを油断させる。
 短刀ぐらいはあるだろうと思って駆け込んだら、案の定だった。
 それを持って自分は……。
 どうしてこんな記憶が?
 柔らかい人間の腹をえぐった感触、そして、柄の部分まで滴ってきた生暖かい血。
 それも一人だけじゃない。
 刺し終えて、紙袋に入った陶器を持ってその場を離れたのを覚えている。
 男が救急隊員の格好した者たちに尚を引き渡す。
 リュックも無事積み込まれた。
 ストレッチャーに寝かされた。彼らが尚の身体にベルトをつけたりしている最中、銀狐と白猫がこっそりヘリに乗り込んできた。
 尚は、酸素マスクを付けられる。
 そこから本当に酸素が出ているのか判断は出来ない。
 急速に眠くなってきたのは確かだ。
 隣に横たわる中年女性が霞む。
 尚は思った。
 ああ、この人。俺が刺したんだった。
 皮膚を剥がされ臓器を取られた母親の写真を、神様に身を捧げたのよと喜々として見せて来るから。
 息子もそれに続けというようは雰囲気を見せたから。
 そして、車に轢かれて母親が死んだきっかけは、尚によく似た信者でもない見知らぬ子を助けたからと言ったから。

「尚さん。尚さん」
 頬を軽く叩かれ、男の声で尚は目を開ける。
 辺りがザワザワしていた。
 大勢の人がいる雰囲気がある。
 眩しくて目が開かない。
 ババババッというヘリの振動は止み、リクライニングのような椅子に座らされていた。
 次第に目が慣れてきて、自分が客席を見下ろす壇上に上げられているのが分かる。
 教団本部ほどでは無いが、一万人は収容できそうなかなり大きなホールのようだ。
 失敗したのだ、と尚は思った。
 右目を献金代わりにするという餌をちらつかせて教祖襲撃を狙っていたのに、相手は尚を待ち構える準備をしていた。 
『自己紹介してください』
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