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第五章
86:ラブマ神のヤツ、遅っせえなあ。旅行が終わっちまう
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「承認欲求。馬鹿馬鹿しい」
昔はそんなの見向きもしなかった。
顔も本名も知らない相手に希薄な繋がりを求めるなんて、脱会信者だからこそしたくなかった。顔や本名を知っていても、本性は分ったもんじゃない。
なのに、尚は、人間ですらない男に承認されたがっている。
密な繋がりを求めている。
今どこで何をしているのかも詳しく話もしてくれない男なのに。
過去、芙蓉という相手とどんな風に過ごしたのか、そして、その前は?
得体の知れない相手が、今や尚の救いだ。
なのに、その男はまだ尚の元にやって来ない。
明日にはこの旅行も終了だ。
最悪、もう会えないかもしれない。そんな思いが強まる。
夕方になり近くに温泉があるというので、三人でそこへ向かう。
大きな露天の天然温泉は、夜空が見えて絶景だった。
「ラブマ神のヤツ、遅っせえなあ。旅行が終わっちまう」
翠雨がぷかりと浮かびながら言う。
「四人で来るのはまたの機会だな」
氷雨が温泉に浸かりながら空を見上げている。
「本当か?四人ならいいか?」
と翠雨が念押ししているのが微笑ましい。
しかし、残念ながらその願いは叶わない。
尚たちは温泉から戻り、昨夜と同じく豪勢な夕食を食べた。
昨日よりもさらに食べられたと思う。
それを時雨に伝えたいと思っている自分に気付いて、「子供か、俺は」と尚は呟く。
むしゃくしゃした気分だった。
今まで人生が思い通りになったことはないのだから、いろんなことを諦めてきたのに、時雨に会えないことが悲しくて、悔しくて。
食事を終え、部屋に一人いると、また翠雨が遊びにやってきた。
「明日の朝かもな。ラブマ神の到着」
「入れ違いになったらよろしく言っておいて」
「何だ、その言い方。故郷をぶらぶらしてお前も東京に戻って来るんだろうが」
「そうだけど」
純粋な翠雨に付く嘘が辛い。
目的の達成のためなら、どんなことだって犠牲にする覚悟で生きてきた。
なのに、最近心が揺らぎっぱなしだ。
それもこれも、時雨が現れないせいだ。
ふわっと翠雨があくびをする。
「おやすみ。明日もそこそこ早えから時雨を待つのはほどほどにな」
「待たないよ。さっさと寝る」
尚が強がると、翠雨が大人びた顔で笑って尚の寝室を去っていった。
「さて。いよいよ、明日だ。いや、もう深夜ゼロ時を回っているから当日か」
尚は星空が見える天井を見上げた。
携帯をチェックする。
最新の着信は誰からもない。
救世教団関係者からも時雨からも。
尚は、暇に任せて履歴を辿ってみた。
一番新しいのが時雨。その次は、数日前の深川警察署。そして、かなり日付が飛んで藤井久子という女性の名前。十一日前だ。
脱会した救世教団信者が再度入信したい場合の受付先で尚の母親とも親しい人物だ。
そして、十四日前にも彼女からの着信がある。
「ん?」
おかしいなと思った。
一度しか彼女と電話した記憶はないからだ。十四日前の記憶はあるが、十日前のは何の要件だ?
発信履歴の方を探ってみる。
十四日前に、教団入信相談所という場所にかけている。時間的にその後、藤井久子が折り返してきたようだ。
尚は彼女に再入信を告げるととても喜んだ。
昔はそんなの見向きもしなかった。
顔も本名も知らない相手に希薄な繋がりを求めるなんて、脱会信者だからこそしたくなかった。顔や本名を知っていても、本性は分ったもんじゃない。
なのに、尚は、人間ですらない男に承認されたがっている。
密な繋がりを求めている。
今どこで何をしているのかも詳しく話もしてくれない男なのに。
過去、芙蓉という相手とどんな風に過ごしたのか、そして、その前は?
得体の知れない相手が、今や尚の救いだ。
なのに、その男はまだ尚の元にやって来ない。
明日にはこの旅行も終了だ。
最悪、もう会えないかもしれない。そんな思いが強まる。
夕方になり近くに温泉があるというので、三人でそこへ向かう。
大きな露天の天然温泉は、夜空が見えて絶景だった。
「ラブマ神のヤツ、遅っせえなあ。旅行が終わっちまう」
翠雨がぷかりと浮かびながら言う。
「四人で来るのはまたの機会だな」
氷雨が温泉に浸かりながら空を見上げている。
「本当か?四人ならいいか?」
と翠雨が念押ししているのが微笑ましい。
しかし、残念ながらその願いは叶わない。
尚たちは温泉から戻り、昨夜と同じく豪勢な夕食を食べた。
昨日よりもさらに食べられたと思う。
それを時雨に伝えたいと思っている自分に気付いて、「子供か、俺は」と尚は呟く。
むしゃくしゃした気分だった。
今まで人生が思い通りになったことはないのだから、いろんなことを諦めてきたのに、時雨に会えないことが悲しくて、悔しくて。
食事を終え、部屋に一人いると、また翠雨が遊びにやってきた。
「明日の朝かもな。ラブマ神の到着」
「入れ違いになったらよろしく言っておいて」
「何だ、その言い方。故郷をぶらぶらしてお前も東京に戻って来るんだろうが」
「そうだけど」
純粋な翠雨に付く嘘が辛い。
目的の達成のためなら、どんなことだって犠牲にする覚悟で生きてきた。
なのに、最近心が揺らぎっぱなしだ。
それもこれも、時雨が現れないせいだ。
ふわっと翠雨があくびをする。
「おやすみ。明日もそこそこ早えから時雨を待つのはほどほどにな」
「待たないよ。さっさと寝る」
尚が強がると、翠雨が大人びた顔で笑って尚の寝室を去っていった。
「さて。いよいよ、明日だ。いや、もう深夜ゼロ時を回っているから当日か」
尚は星空が見える天井を見上げた。
携帯をチェックする。
最新の着信は誰からもない。
救世教団関係者からも時雨からも。
尚は、暇に任せて履歴を辿ってみた。
一番新しいのが時雨。その次は、数日前の深川警察署。そして、かなり日付が飛んで藤井久子という女性の名前。十一日前だ。
脱会した救世教団信者が再度入信したい場合の受付先で尚の母親とも親しい人物だ。
そして、十四日前にも彼女からの着信がある。
「ん?」
おかしいなと思った。
一度しか彼女と電話した記憶はないからだ。十四日前の記憶はあるが、十日前のは何の要件だ?
発信履歴の方を探ってみる。
十四日前に、教団入信相談所という場所にかけている。時間的にその後、藤井久子が折り返してきたようだ。
尚は彼女に再入信を告げるととても喜んだ。
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