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第五章
67:念のため、神様スタンプを持っていくよ
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最近まで使っていた分厚いウレタンの布のとは段違いだ。
長めの前髪で隠れているから時雨には見えないだろうが、人前で眼帯を取り替えるのは尚にとっては一大決心だった。
それが、できた。
ものすごい達成感だ。
帰宅の途に着く。
時雨の手を当たり前のように握れるのが嬉しい。
でも、あと数えるほどしかこんな機会はない。
なぜなら、尚は決行日を延期することも、決行内容を変更、もしくは中止することも無いからだ。
時雨のことは今まで出会ったどんな相手よりも心が許せて大切な相手だとは思えるが、それでも、順位を付けるとしたら、時雨より決行の方が上回る。
決行内容は誰にも褒められない行為なのに執着してしまうのは、その目標がなければ生きてこられなかったからだ。
昼に車で迎えに行くと翠雨から時雨に連絡が来たので、尚は、時雨に作ってもらった朝ごはんを食べてから不幸買い取りセンターの仕事に取り掛かることにした。
ここ数日、キータッチの練習をサボっていたのでまずはそこから。
でも、ノート型パソコンを開いていても銭湯で血行がよくなったせいか、眠くてしょうがない。
最近の自分はちょっとだらけすぎた。一世一代のことを成し遂げようとしているのに、緊張感がない。決行日直前は、もっと精神が張り詰めているものだと思っていた。
「駄目だ。仕事しないと」
右目をこするが、視点が定まらない。
「尚も夏休みということで」
朝ごはんの片付けを終えた時雨が無理だと判断したようで、勝手にノート型パソコンの蓋を閉じてしまう。
そして、座布団を半分に折って尚の頭の下に入れてきた。
ときおり目覚めると、時雨は台所で何かしている。
氷雨から貰った茄子をなんとかしようとしているのかもしれない。
それか、プチトマトの方。
昼寝というか、朝寝から目覚めると、座敷テーブルには少し水で薄まったカルピスが置かれてあった。
時雨も氷雨も、双子揃ってカルピスが大好きらしい。
でも、時雨さんのは適度な濃さだと思いながら飲み干して、また浅い眠りにつく。
どれぐらい時間が過ぎたのか、遠くでクラクションが外で鳴る音がした。
「尚、起きて。翠雨たちが来た。はい、行こう」
ぼうっとしていると、ホールケーキのような形をした浅い形の麦わら帽子を被せられた。
カンカン帽というらしい。
時雨は、頭頂部が船の形みたいにへこんだ白い帽子。パナマハットというそうだ。
「念のため、神様スタンプを持っていくよ」
と時雨がマチの付いた巾着袋に入れる。だるまが描かれた渋い柄の袋だ。
半分寝ぼけたまま、玄関へ。
扉を開けると車が横付けされていた。
三脚の星が銀色の円でぐるっと囲まれたエンブレムがバンパーに光るドイツ車だった。
運転席にいるのは、翠雨。
時雨の車はイタリア車だった。
どうやら神様は国産車はあまり好みでないらしい。
そこら辺は、尚は解せない。
助手席ではなぜか氷雨がぐったりしていた。
尚と時雨が後部座席に乗り込むと、「こいつの運転じゃ、神田までたどり着けない。運良くたどり着けたとしても、五回ぐらい死んでいる」と弱々しく言う。
「神様死なないだろうが」
と翠雨が鼻で笑うが、氷雨は「どけ。俺が運転する」と助手席から出て、翠雨を運転席から追い出す。
「翠雨の銭湯からここまで来るのに、エンストするわ、切り返しは出来ないわで十五分かかった。親父さんの車を廃車にする気か。最初は中古の軽で練習しとけばいいんだ」
と氷雨はガミガミ言いながらハンドルを握る。そこまで聞かされて、尚はようやく目が覚めてきた。けっこう怖い車に乗せらせようとしていたらしい。
長めの前髪で隠れているから時雨には見えないだろうが、人前で眼帯を取り替えるのは尚にとっては一大決心だった。
それが、できた。
ものすごい達成感だ。
帰宅の途に着く。
時雨の手を当たり前のように握れるのが嬉しい。
でも、あと数えるほどしかこんな機会はない。
なぜなら、尚は決行日を延期することも、決行内容を変更、もしくは中止することも無いからだ。
時雨のことは今まで出会ったどんな相手よりも心が許せて大切な相手だとは思えるが、それでも、順位を付けるとしたら、時雨より決行の方が上回る。
決行内容は誰にも褒められない行為なのに執着してしまうのは、その目標がなければ生きてこられなかったからだ。
昼に車で迎えに行くと翠雨から時雨に連絡が来たので、尚は、時雨に作ってもらった朝ごはんを食べてから不幸買い取りセンターの仕事に取り掛かることにした。
ここ数日、キータッチの練習をサボっていたのでまずはそこから。
でも、ノート型パソコンを開いていても銭湯で血行がよくなったせいか、眠くてしょうがない。
最近の自分はちょっとだらけすぎた。一世一代のことを成し遂げようとしているのに、緊張感がない。決行日直前は、もっと精神が張り詰めているものだと思っていた。
「駄目だ。仕事しないと」
右目をこするが、視点が定まらない。
「尚も夏休みということで」
朝ごはんの片付けを終えた時雨が無理だと判断したようで、勝手にノート型パソコンの蓋を閉じてしまう。
そして、座布団を半分に折って尚の頭の下に入れてきた。
ときおり目覚めると、時雨は台所で何かしている。
氷雨から貰った茄子をなんとかしようとしているのかもしれない。
それか、プチトマトの方。
昼寝というか、朝寝から目覚めると、座敷テーブルには少し水で薄まったカルピスが置かれてあった。
時雨も氷雨も、双子揃ってカルピスが大好きらしい。
でも、時雨さんのは適度な濃さだと思いながら飲み干して、また浅い眠りにつく。
どれぐらい時間が過ぎたのか、遠くでクラクションが外で鳴る音がした。
「尚、起きて。翠雨たちが来た。はい、行こう」
ぼうっとしていると、ホールケーキのような形をした浅い形の麦わら帽子を被せられた。
カンカン帽というらしい。
時雨は、頭頂部が船の形みたいにへこんだ白い帽子。パナマハットというそうだ。
「念のため、神様スタンプを持っていくよ」
と時雨がマチの付いた巾着袋に入れる。だるまが描かれた渋い柄の袋だ。
半分寝ぼけたまま、玄関へ。
扉を開けると車が横付けされていた。
三脚の星が銀色の円でぐるっと囲まれたエンブレムがバンパーに光るドイツ車だった。
運転席にいるのは、翠雨。
時雨の車はイタリア車だった。
どうやら神様は国産車はあまり好みでないらしい。
そこら辺は、尚は解せない。
助手席ではなぜか氷雨がぐったりしていた。
尚と時雨が後部座席に乗り込むと、「こいつの運転じゃ、神田までたどり着けない。運良くたどり着けたとしても、五回ぐらい死んでいる」と弱々しく言う。
「神様死なないだろうが」
と翠雨が鼻で笑うが、氷雨は「どけ。俺が運転する」と助手席から出て、翠雨を運転席から追い出す。
「翠雨の銭湯からここまで来るのに、エンストするわ、切り返しは出来ないわで十五分かかった。親父さんの車を廃車にする気か。最初は中古の軽で練習しとけばいいんだ」
と氷雨はガミガミ言いながらハンドルを握る。そこまで聞かされて、尚はようやく目が覚めてきた。けっこう怖い車に乗せらせようとしていたらしい。
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