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第四章
62:時雨さんにはっ、時雨さんだけにはっ、見せたくなかったなあ
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「あの後、僕、尚に添い寝した。その時ね、夢を見たって尚は僕に報告してきた。結末がいつもと違う夢だったって。追い詰められたときに見る夢があるんだけど、今回は僕が助けに来たって。根深いトラウマが違う結果になったってことでしょ?僕、嬉しいな」
ああ、そうだった。
尚が膝裏に手を入れ足を大股開きにし、大人二人が尚がその手を放さないように足を固定していて、もう一人が布が巻かれた布団叩きを尚の充血した性器に振り下ろそうとしたその時、鬼みたいな形相で時雨が止めに入った。
神様みたいに鬼って。
尚は笑う。
「時雨さんは、繰り返される夢の中で、俺が子供時代に嫌なことをしてきた大人をコテンパンにしてくれた」
「じゃあ、その夢は終わったね」
「……ん。けれど、現実は……。あんな姿っ、」
急に尚の感情が溢れ出す。
この頃、本当におかしいのだ。
急に激高したり、急に落涙したり。
ほら、今も。
「時雨さんにはっ、時雨さんだけにはっ、見せたくなかったなあ」
右目から涙が溢れた。
左目は機能していないので、涙は一滴も出ない。
「尚。大丈夫だから」
時雨が尚の右の目元の涙を指先で掬う。
そんな優しさは要らない。
実はものすごく嬉しいくせに。
引っ叩いて、気持ちが悪いと罵っていい。
そうされたら、死にたくなるぐらい傷つくくせに。
心は矛盾でいっぱいだ。
「今朝だって、時雨さんの足を抱いて腰振ってた。おかしいんだ、俺。性的なことを固く禁じられた環境で育ったから。だから、誰とも付き合えなかったし、抱き合うことも……」
「つまり、僕が尚にとって特別ってことだよね。それって、すごく嬉しいな」
嬉しいな、が、すごく嬉しいなにグレードアップした。
時雨の手が、尚のおでこに触れる。額の髪がかきあげられ、そこに唇を落とされた。
じんと背骨から尾骨に向かって身体が痺れる。
「さ、帰ろう」
もう見慣れた景色を歩いていた。
気づけばアパートの前。
尚は、一回だけ時雨の小指を強く握りしめ足早に敷地に入っていく。
「おやすみ。尚。またね」
と言われたが、背中を向けて声を出さずに頷くのが精一杯だった。
引き止められないのが意外で、それがどうしようもなく寂しくて、尚は鉄骨階段を登らず腰掛けた。
もう時雨の姿はない。
下駄の音も聞こえない。
尚は膝を抱えてそこに顔を埋めた。
アパートは外観も内部も古いが、どうにか部屋を借りられた当初は、シェルターみたいな場所だった。誰にも脅かされない、そう、氷雨の社務所みたいな聖域。
時雨に始めてしつこくされたときも似たようなことを思った。
なのに、今はそこに帰りたくない。
明日には部屋の退去を完了させ、飛騨に行ってしまおうか。
時雨から貰った「不幸買い取り金」があるわけだし。
行きの交通費。そして、宿泊費数日分があればいい。最悪野宿でも。
帰りの交通費は必要ないのは当初から決まっていたことだ。
「部屋に帰らないの?」
隣のマンションの壁から時雨が頭だけ出してアパートの敷地を覗き込んでいて、巻き戻しみたいに後退しながら戻ってくる。
「なかなか階段を登っていく音が聞こえないなあって耳を澄ませていたんだ」
「そういうの、困る」
ああ、そうだった。
尚が膝裏に手を入れ足を大股開きにし、大人二人が尚がその手を放さないように足を固定していて、もう一人が布が巻かれた布団叩きを尚の充血した性器に振り下ろそうとしたその時、鬼みたいな形相で時雨が止めに入った。
神様みたいに鬼って。
尚は笑う。
「時雨さんは、繰り返される夢の中で、俺が子供時代に嫌なことをしてきた大人をコテンパンにしてくれた」
「じゃあ、その夢は終わったね」
「……ん。けれど、現実は……。あんな姿っ、」
急に尚の感情が溢れ出す。
この頃、本当におかしいのだ。
急に激高したり、急に落涙したり。
ほら、今も。
「時雨さんにはっ、時雨さんだけにはっ、見せたくなかったなあ」
右目から涙が溢れた。
左目は機能していないので、涙は一滴も出ない。
「尚。大丈夫だから」
時雨が尚の右の目元の涙を指先で掬う。
そんな優しさは要らない。
実はものすごく嬉しいくせに。
引っ叩いて、気持ちが悪いと罵っていい。
そうされたら、死にたくなるぐらい傷つくくせに。
心は矛盾でいっぱいだ。
「今朝だって、時雨さんの足を抱いて腰振ってた。おかしいんだ、俺。性的なことを固く禁じられた環境で育ったから。だから、誰とも付き合えなかったし、抱き合うことも……」
「つまり、僕が尚にとって特別ってことだよね。それって、すごく嬉しいな」
嬉しいな、が、すごく嬉しいなにグレードアップした。
時雨の手が、尚のおでこに触れる。額の髪がかきあげられ、そこに唇を落とされた。
じんと背骨から尾骨に向かって身体が痺れる。
「さ、帰ろう」
もう見慣れた景色を歩いていた。
気づけばアパートの前。
尚は、一回だけ時雨の小指を強く握りしめ足早に敷地に入っていく。
「おやすみ。尚。またね」
と言われたが、背中を向けて声を出さずに頷くのが精一杯だった。
引き止められないのが意外で、それがどうしようもなく寂しくて、尚は鉄骨階段を登らず腰掛けた。
もう時雨の姿はない。
下駄の音も聞こえない。
尚は膝を抱えてそこに顔を埋めた。
アパートは外観も内部も古いが、どうにか部屋を借りられた当初は、シェルターみたいな場所だった。誰にも脅かされない、そう、氷雨の社務所みたいな聖域。
時雨に始めてしつこくされたときも似たようなことを思った。
なのに、今はそこに帰りたくない。
明日には部屋の退去を完了させ、飛騨に行ってしまおうか。
時雨から貰った「不幸買い取り金」があるわけだし。
行きの交通費。そして、宿泊費数日分があればいい。最悪野宿でも。
帰りの交通費は必要ないのは当初から決まっていたことだ。
「部屋に帰らないの?」
隣のマンションの壁から時雨が頭だけ出してアパートの敷地を覗き込んでいて、巻き戻しみたいに後退しながら戻ってくる。
「なかなか階段を登っていく音が聞こえないなあって耳を澄ませていたんだ」
「そういうの、困る」
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