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第四章

60:僕は尚と花火出来たら嬉しいなあって思いながら実は来た

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 時雨は少しため息。そして、空いている手で頭をかく。
 どうしていいのか彼も迷っているらしい。
「キスはしないって?一緒の布団で寝ないって?」
と尚は問い詰めた。
「そうだね。湯当たりしたって聞いて血相変えて迎えにも行かないし、次、何をしてあげようかなあって考えたりしない」
「何で俺にそこまでするの?困るんだけど」
 時雨が掴んでいた肩をようやく離したので、尚は蛇口を止めた。水を半分ほど捨て、取っ手を持つ。
 時雨が答えた。
「さあ、何でかなあ」
 いつもの余裕めいた顔ではなく、本当に困ったような初めて見る情けない笑顔だった。
「せっかくだ。花火していくでしょ?僕と話し辛かったら離れててもいいしさ」
 時雨が、尚からバケツを奪い取って歩き出す。
 後を数歩開けてついていくと、
「僕は尚と花火出来たら嬉しいなあって思いながら実は来た」
と時雨が呟いた。
 境内の石畳に戻ると、翠雨と氷雨が、打ち上げ花火を何本も一気に上げていた。
 赤や青の炎が噴き上がっていて、とても綺麗だ。
 やがて煙にまみれ、その中に見える人影や神社の風景は幻想的だ。
「大人の遊び方だあ」
と時雨が呆れる。
 そんな風に花火をしていたものだから、打ち上げ花火はあっという間に無くなり、色の変わる手持ち花火や、蛇みたいににょろにょろと動き回るものや、煙を吹き出す玉など色々試した。
 宣言通り、時雨は尚に近づいてこない。
 尚が火を貰うのも、翠雨や氷雨ばかり。
 最後は線香花火だ。
「あっという間に終わっちゃったな」
と翠雨がしんみりし、時雨が愚痴る。
「あんなに一気にやるからだよ。勿体ない」
「でも派手で楽しかったろ、悪尚?」
「うん。綺麗だった」
「またやろーぜ。来週とかさ。もっとでっかい花火セット用意してさ。カレンダーアプリに入れとくからな。おい、悪尚って!確かに伝えたからな」
 念を押されたが返事はしなかった。
 だって、守られない約束はするべきじゃない。
 それに、時雨がこちらをじっと眺めていて、視線が「来週こそは隣り合って、花火をしようよ」と言っているようでこそばゆい。
 鬱陶しいと思うのが、いつもの自分なはずなのに。
「お前ら、これ、持っていけ。ノルマだから」
 姿が見えないなと思っていた氷雨が大きな紙袋を両手に持って戻ってきた。
 それを時雨と翠雨に手渡す。
「茄子と茄子と茄子だ。あと、プチトマトとプチトマトとプチトマト」
「……嬉しいなあ」
 すでに散々貰っているのか、時雨の声はありがた迷惑だという感じだ。
 笑っていると、氷雨が「他人事みたいな顔しているが、お前の分もしっかり入っているからな。時雨の袋に」と伝えてきた。
「俺はもうすぐ引っ越しだし。時雨さん、どうぞ。それじゃあ、おやすみ。あと、昨晩は迷惑かけてごめん」
 尚は引き止められないうちに駆け出す。
 言えた。
 謝れた。
 走って胸が苦しい中、尚は息を吐き出す。
 氷雨も翠雨もそして時雨も、昨晩の醜態をからかってくることは一切無かった。
 それに、救世教団という新興宗教組織にいた自分への過度な同情も。
 寄り添い上手な神様たちだ。
 こんな夏になるとは思いもしなかった。 
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