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第四章
48:一緒に風呂行ってくるわ、氷雨
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「一緒に風呂行ってくるわ、氷雨」
「時雨が起きたら追いかける」
と蚊帳の中から氷雨が返事をする。
尚は慌てた。
「一緒の風呂って?ここの家の?狭くて無理だって」
「銭湯行くぞって言ってんの。そこ、オレの家だから」
尚は浴衣の前を押さえながら、仕方なく翠雨の後を付いていく。
仏間を通り、居間へ。
なぜか、尚のパンツが座椅子の横に転がっていた。帯もそこにある。
酒のせいで体温が高くなり、寝ている間に布団の中で暑くて脱いだのかと思っていたが違うようだ。
素早くパンツを身に着け、帯を腰に巻いた。
「今から行くとこ、人間の行く銭湯じゃねえからな。神様銭湯だ。タオルとか全部貸すし。まさか、神様に銭湯に誘われて断る人間なんていねえよな?!」
翠雨のこめかみがピクピクしている。
あ……。顔が、さっきの白猫みたいだ。
今にも噛みついてきそう。
「銭湯は付き合う。でも、グランピングは無理」
「何で?」
「やることがあるんだって」
またこの台詞。
何度だろう。
神様設定の人たちは皆、いい人のようだが、いかんせんしつこすぎる。
「なら、悪尚のやることに協力するから、お前もオレの恋愛成就に協力しろよ!オレ、この夏にかけてるから」
翠雨があまりにも晴れやかな顔で言うものだから、尚は冷めた気持ちで思う。
勝手にかけてろよ。
それに、何が協力するだ。
こっちは片思いがどうのとかそんな浮ついたことに構ってられないんだ。
時雨の家の玄関をガラリと開け、翠雨がブラブラ歩き出す。
その後ろ姿は、見た目は今どきの若者でも、浴衣に着られている感じは一切しない。
蝉が鳴き出し、「あああっ、ウルセー」と叫ぶところは、今どきだけれども。
「銭湯ってどこ?結構、歩く?」
ここら辺に二軒あった銭湯は、立て続けに潰れていた。他には無かったはずだ。
「は?ここだけど?」
清澄通りから離れるように小道を歩いていた翠雨が道を折れた先で、『ゆ』と書かれた暖簾を潜ろうとしていた。
尚の記憶が正しければ、絶対にこんなところに銭湯はない。
ほとんど歩いていないので、地図的には牡丹一丁目のはず。
あの家もこの銭湯も、質屋のビルも現実世界に開いた異界のルートなのだろうか。
そんなこと聞いたら、「お前、その年で異世界ファンタジー好きなのか?オレは十八歳、お前は二十九歳だぞ」と翠雨に真顔で聞き返えされてしまいそうだ。
そういやあ、彼らに自分の年齢言ったことあったけかなとぼんやり思っていると、
「早く来いよ」
暖簾から一瞬顔を出した翠雨が尚を呼ぶ。
中に入っていくと、下足棚があって、そこを通り抜けると番台がある。
男湯、女湯を監視できる古いタイプのものだ。
しかし、そこには誰もない。
番台の扉を勝手に開けて、そこからタオルと小さなシャンプー・リンスのボトルを翠雨が取り出し尚に押しつけてきた。
そして、自分の分も。
まさか一緒に入るつもりなのか?
収入に少しだけ余裕があった頃は、たまに銭湯に行っていたが、誰かと連れ立っては初だ。
このところ、初めての経験が立て続けに起こる。
誰かと連れ立って出かけたり、ギャンブルしたり、朝食を食べたり。
それに、キス。
記憶は必ずそこに着地する。
「時雨が起きたら追いかける」
と蚊帳の中から氷雨が返事をする。
尚は慌てた。
「一緒の風呂って?ここの家の?狭くて無理だって」
「銭湯行くぞって言ってんの。そこ、オレの家だから」
尚は浴衣の前を押さえながら、仕方なく翠雨の後を付いていく。
仏間を通り、居間へ。
なぜか、尚のパンツが座椅子の横に転がっていた。帯もそこにある。
酒のせいで体温が高くなり、寝ている間に布団の中で暑くて脱いだのかと思っていたが違うようだ。
素早くパンツを身に着け、帯を腰に巻いた。
「今から行くとこ、人間の行く銭湯じゃねえからな。神様銭湯だ。タオルとか全部貸すし。まさか、神様に銭湯に誘われて断る人間なんていねえよな?!」
翠雨のこめかみがピクピクしている。
あ……。顔が、さっきの白猫みたいだ。
今にも噛みついてきそう。
「銭湯は付き合う。でも、グランピングは無理」
「何で?」
「やることがあるんだって」
またこの台詞。
何度だろう。
神様設定の人たちは皆、いい人のようだが、いかんせんしつこすぎる。
「なら、悪尚のやることに協力するから、お前もオレの恋愛成就に協力しろよ!オレ、この夏にかけてるから」
翠雨があまりにも晴れやかな顔で言うものだから、尚は冷めた気持ちで思う。
勝手にかけてろよ。
それに、何が協力するだ。
こっちは片思いがどうのとかそんな浮ついたことに構ってられないんだ。
時雨の家の玄関をガラリと開け、翠雨がブラブラ歩き出す。
その後ろ姿は、見た目は今どきの若者でも、浴衣に着られている感じは一切しない。
蝉が鳴き出し、「あああっ、ウルセー」と叫ぶところは、今どきだけれども。
「銭湯ってどこ?結構、歩く?」
ここら辺に二軒あった銭湯は、立て続けに潰れていた。他には無かったはずだ。
「は?ここだけど?」
清澄通りから離れるように小道を歩いていた翠雨が道を折れた先で、『ゆ』と書かれた暖簾を潜ろうとしていた。
尚の記憶が正しければ、絶対にこんなところに銭湯はない。
ほとんど歩いていないので、地図的には牡丹一丁目のはず。
あの家もこの銭湯も、質屋のビルも現実世界に開いた異界のルートなのだろうか。
そんなこと聞いたら、「お前、その年で異世界ファンタジー好きなのか?オレは十八歳、お前は二十九歳だぞ」と翠雨に真顔で聞き返えされてしまいそうだ。
そういやあ、彼らに自分の年齢言ったことあったけかなとぼんやり思っていると、
「早く来いよ」
暖簾から一瞬顔を出した翠雨が尚を呼ぶ。
中に入っていくと、下足棚があって、そこを通り抜けると番台がある。
男湯、女湯を監視できる古いタイプのものだ。
しかし、そこには誰もない。
番台の扉を勝手に開けて、そこからタオルと小さなシャンプー・リンスのボトルを翠雨が取り出し尚に押しつけてきた。
そして、自分の分も。
まさか一緒に入るつもりなのか?
収入に少しだけ余裕があった頃は、たまに銭湯に行っていたが、誰かと連れ立っては初だ。
このところ、初めての経験が立て続けに起こる。
誰かと連れ立って出かけたり、ギャンブルしたり、朝食を食べたり。
それに、キス。
記憶は必ずそこに着地する。
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