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第三章

44:繰り返し見る。最悪な夢。追い詰められるといつも

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「僕?いつもは俺って言うよね?それに、オナニーって。昨日は、尚は大人しく寝てたでしょうが」
 氷雨が言った。
「酒のせいで昔のことが蘇ってきたんじゃないのか?」
「前回は、記憶が飛んだのに?」
 やがて、尚の口からヒューヒューと小刻みな音がし始めた。
「何?尚、どうしたの?尚??」
「こいつ、息、吸いっぱなし」
と翠雨が言う。
 確かに、息遣いがとても苦しそうだ。なのに、足を開いたまま耐えている。
 息を吸うと身体が大きく揺れ、形を変えた雄が上下に揺れる。
 それが腹に付くと、先走りの透明な液が蛍光灯に反射した。
「どうしたら?」
 時雨は、膝の裏にがっちりと回っている尚の手を力任せに外しながら聞いた。
「救急車か?それとも、てっとり早く神様の方の病院?」
と氷雨も少々慌て気味だ。
 身体を調べてみようと提案してこんなことになるとは思っても見なかったのだろう。
「ただの過呼吸。時雨は悪尚の口と鼻を押さえて。氷雨は座敷に布団を敷いてやって」
 一番若い翠雨が一番冷静だった。慌てること無く時雨と氷雨に指示を出す。
 そして、はだけられた浴衣の合わせを閉じると、時雨に「こいつ、名字なんだっけ」と聞いてきた。
「佐伯」と時雨が答えると翠雨は、
「佐伯さん。佐伯尚さん、聞こえますかー?もう、大丈夫ですよー。自分の吐いた息をゆっくり吸ってくださいねー。大丈夫ですよー」
と尚に声をかける。
 しばらくして、尚の右の眼球が時雨の顔をゆっくりと捉えた。いつもの怒りの籠もった目だ。そののち、口元を押さえている手を見る。
 何してくれてんの、あんた?と言いたげな瞳だった。
「尚の意識、戻ってきたかも」
「なら、水飲ませてあとは寝かせとけ。冷たいペットボトルの水って冷蔵庫に入っているか?」
 氷雨が布団を敷きに行き、翠雨がキッチン方向へ。すると、尚の身体から一気に緊張感が抜けていく。
 ものの見事に尚の身体の硬さが変わってくる。
「布団、出来たぞ」
 氷雨が蚊帳をめくって、時雨たちを呼んだ。
 時雨は尚に両肩に手を回させ、そのまま腰を掴んで抱き上げる。
 暴れるかと思ったが、黙って尚は時雨に掴まれていた。
 尚の輪にした両手が時雨の首へかかり、両足は時雨の腿のあたりに巻き付いてくる。
 居間から、仏間、そして座敷へと移動し、氷雨が敷いてくれた布団に寝かす。
 氷雨は気を使って入れ替わりに蚊帳から出ていき、翠雨がしばらくしてペットボトルの水を中に転がしてきた。
「尚、水」
 一緒に布団に横たわりながら、時雨は話しかける。
 尚はずっと時雨の首にしがみついていた。
 息が少しアルコール臭い。
 背中を少し支えてペットボトルを口元まで持っていってやると、コクンと飲んだ。
 口元に垂れた水滴を拭ってやる。
「あとで、また飲もうね。アルコールを散らせば楽になるよ」
 尚は目を瞑ったままだ。
「変な夢を見て」
「そうか。怖かったね」
 背中を擦ってやる。
「いつも見る夢?」
「繰り返し見る。最悪な夢。追い詰められるといつも」
「今、追い詰められるようなことがあるの?引っ越しのこととか?」
 意図的な沈黙があった。
「なら、不幸として買い取ろう。スッキリするよ。ええっと、神様スタンプはどこにある?」
「いい」
 時雨の腕の中で尚が高速で首を振る。
 そして、呻くように言った。
「今回、結末が違ったんだ。時雨さんが助けにきてくれた。だから、不幸として買い取っちゃ嫌だ」
 尚の呼吸がやがて一定になった。 
 寝入ったらしい。
 時雨は眠れずに過ごしした。
 だから、明け方になって入った翠雨からのメールにもすぐに気づいた。
 内容は、
『解析終わった。こいつ、少し前に救世教団の入信相談ダイヤルに電話している』
というものだった。
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