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第三章

40:酔っ払ってなだれ込むのは禁止

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「てめえ。悪尚!こんなに奢ってやったのに!神様のおごりなんて滅多に無いんだからな」
と翠雨が尚に食って掛かり、
「翠雨さんも神様設定の人かよ!」
と尚がぼやく。
「設定ってなんだよ、設定って。じゃあ、力……でも、今、夜は止めとくか。氷雨、代わりにやってくれよ。悪尚に見せつけてやれ!」
 翠雨の指示通り氷雨が空に指を向けると、尚の頭上に雨が降ってきた。隣りにいた時雨も巻き添えでくらう。
「信じたか?」
 黙り込んだ尚が、懐から出したハンドタオルでふいてやる時雨を恨めしそうに見上げてくる。
 あんただけでも手一杯なのに、余計な仲間を連れてきやがってという心の声が聞こえてくるようだ。
「ささ。せっかく、ここのお祭りに来たんだから、築地本願寺の盆踊りは是非とも見なくちゃね」
 時雨はその場を取り繕って尚の背中を押していく。
「悪尚。踊れよ」
 意地の悪い翠雨が尚をさっきの仕返しも込めてからかう。
「ええっ?!」
 尚は、自分は人見知りだからと二人に会う前、心配していたようだが、翠雨の明るさのお陰でなじんでいるようだ。
 都内の祭りで十位以内に入る賑わいなので、座る場所はない。
 ビールやお茶を買い込んで、立って飲んだり食べたりする。
 盆踊りの輪を。甲高い笛の音やトントンという太鼓の音を聞きながら眺める。
「ああいう踊りって、単純な仕草の繰り返しなんだな」
 尚が踊り手を真似て、手をひらひらさせながら言った。
「まるでループしているみたいだ」
「外国人にも人気なんだって。フィリピンとかで大規模な盆踊りをやったりするぐらい」
「へえ」
 一時間ほどして、尚は時折、足踏みをしたり、足首を回していたりする。
「僕たちもう帰ろうか」
 時雨は尚の顔を覗き込む。
「まだ、平気」
「無理しない。名残惜しいぐらいのうちに帰るのがちょうどいい。もしかして、慣れない下駄で足の指まで痛い?だったら、もう脱ぎたいよね。氷雨、翠雨!僕たち先に帰るよ。じゃあね」
「あとで、時雨の家に寄ってもいいかあー?」
と翠雨が叫んだ。
「酔っ払ってなだれ込むのは禁止」
「あんたらの邪魔はしないって」
 築地本願寺が面している晴海通りに出るが、タクシーはなかなか捕まらない。
 人の少ない方へ向かいようやく空車を見つけた。
 尚は足を引きずりながら付いてくる。
「ごめん。尚。形に拘らず、スニーカーにすればよかったかも」
 家に帰り、玄関で尚が下駄を脱ぐ。
 鼻緒が擦れる足の親指と人差し指は真っ赤になっていた。
「足を休ませなよ。どうぞ中へ」
「いい」
 尚がリュックに手をかける。
「居間まで入ったら、また、カルピスとか出てきそう」
「何で分かるの?枝豆も茹でる予定だけど。疲れて眠いなら布団も敷くし」
「それが駄目なんだってっ」
 急に尚が叫んだ。
「びっくりしたあ。尚の怒りの沸点、いきなり高くなるね」
 冗談で場を和ませようとしたが、無理だった。
 尚の顔に上辺の笑顔すら戻らない。 
「あのアパートはそんなに帰りたい場所?あ、僕といるよりマシってこと?」
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