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第三章

38:氷雨、翠雨。きちんと紹介するね。こちらが酒癖悪尚さん

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「褒められてるのに何すねてんの?あ、氷雨!翠雨!」
 時雨は黒髪の細身の男と茶色い小柄な青年を見つけて手を振る。両方とも浴衣姿だ。氷雨は濃紺の浴衣地に黒い帯。翠雨は若々しい白地の浴衣に黒い帯だ。きっと、氷雨の格好を見て、帯の色をあわせたのだと思う。そういうところ、涙ぐましい。
 人波を縫うようにして、二人と合流する。
「尚。こっちが氷雨。僕の双子の兄。晩秋や初冬に降るひょうやみぞれに変わる前の冷たい雨って意味」
 すると、氷雨が軽く会釈する。
 翠雨からいろいろ聞いているのか、尚にずっと視線を注ぐものだから、尚は早くもこの人苦手だオーラを出しつつある。
「そして、こっちが翠雨。夏の緑を輝かせる雨って意味ね」
「よろしく」
と翠雨がひらっと手を振る。
 すると、氷雨の視線から逃れるいい話題を見つけたというように尚が時雨を見上げた。
「もしかして、時雨さんも名前に意味があったりするのか?俺、アイスの名前にあやかってるんだとばっかり」
「な……」
 時雨は声を失った。
 氷雨が「フッ」と噴き出し、翠雨が腹を抱えて笑い始める。
「僕は冬の通り雨のことだよ。本当に、ずっとアイスだと思ってたの??」
「名前を呼ぶ時、よく脳内にカップアイスが」
「ブハハッ!あの地味なヤツか。あんたとは気が合うかもしれない」
と翠雨が尚の肩をがっしり組む。
 だから、時雨は仕返ししてやった。
「氷雨、翠雨。きちんと紹介するね。こちらが酒癖悪尚さん」
「ちょ、ちょっと。まるで本名みたいに紹介すんなよ」
と尚が慌てる。
「僕をカップアイスだと思っていたんだから、これで痛み分け」
「あっちに屋台出てる。行こうぜ、悪尚!」
「いや、俺、別に」
 及び腰の尚を翠雨がぐいぐい引っ張っていく。
「あまり連れ回さないで!」
と時雨は叫んだ。
 翠雨と尚が人並みの紛れ、やがて見えなくなった。
「あ~。連れて行かれちゃった。翠雨は尚に、この後、氷雨と二人きりになりたいから、あんたは時雨の面倒をしっかり見とけよとか言ってそう」
「かもな」
と氷雨がボソッと答える。
 氷雨と話をするのも十年ぶりぐらいだ。
 芙蓉の死の一件で時雨が乱れたので、思いっきり軽蔑された。
 生粋の神様が人間に振り回さるなんてと心底呆れたらしい。
 氷雨は氷雨で人間と遊んだり、行為に及んだりするが、ペットとじゃれ合っているぐらいにしか思ったことがないらしい。
 同じ見目をしているのにペット。
 複雑な感情だって持っているのに。
 自分と人間は違うと、氷雨はきっちり線を引く。
 でも、それは時雨から見ると傲慢にしか見えない。
「翠雨との関係は進展したの?」
「進展も何も」
と氷雨が軽く鼻で笑う。
 まだ子供だからと翠雨を相手にしない。
 それが、氷雨の長年のスタンスだが、最近ではそれも代わりつつあるな気がする。
 翠雨は氷雨に相談せずに人間の大学に入ることを決め、実力で受かってしまったのだ。
 氷雨一辺倒だったのに、いつの間にか視野も広くなっていて成長している。
 その成長を促しているのは人間なのに、氷雨の方がよっぽど近眼的だと思う。
「いつ向き合ってあげるの?翠雨の気持ちに」
「その前に飽きる」
「そうかな?執着は増しているような気がするけれど」
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