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第三章

32:いや。その……時雨さんってムカつくほど丁寧に暮らしてるんだなあって改めて思って

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「土地でも家でも思い入れがあるっていいな。俺はそういうの無い」
「作ればいいって言ったら怒る?」
「その聞き方だと何かにつけて、俺が怒っているみたいなんだけど」
「尚はいつも怒っているよ。物を言わないときでも全身で」
「浄化料はいくら?」
「尚の不幸で代替えできるけど?」
 癪に障る話題だったらしい。
 尚は途端に喋らなくなった。
 でも、お中元を書かれた熨斗を丁寧に外して、脇に寄せてくれる。
 箱の中身はカルピスだった。青と白のおなじみのパッケージの原液ボトルが両端に一本ずつ。他、桃、ぶどう、メロン味が入っている
「好きなの?飲みたければどうぞ」
「いや。その……時雨さんってムカつくほど丁寧に暮らしてるんだなあって改めて思って。こういう風習とか」
「ムカつくほどって。せっかく貰ったんだから飲もうか。コンビニでも濃いカルピス売られているけど、原液には敵わないよね。尚はどっちが好き?」
「コンビニのペットボトルなんて、贅沢すぎて買ったことが無い」
 あっさり言われて、そこまで生活が苦しかったのかと時雨は内心驚いた。
 慎ましく暮らさざるを得なかったらしい。
「なら、後で飲み比べしよう」
 時雨は台所から長めのコップを持ってきて、そこに氷を入れていく。
 シロップ原液を五分の一ほど入れ、ミネラルウォーターを注いだ。
それを尚に渡す。
「はい。休憩」
「まだ、一箱目なのに」
「いいから、いいから。硬いこと言わない」
 連れ込んだ人間と行為する所を仏壇に収まっているとはいえ、芙蓉には見せられないから開けたり閉じたりするうちにそのままになり、ここ数年はたまの掃除でしか開くこともなくなった。
 その前で、尚と一緒にカルピスを飲んでいるなんて、何やっているだろうなあと思いながら時雨はコップを傾ける。
「お腹は痛くなっていない?」
「平気。こういうの、友達の家で飲んだ以来だ。俺が新興宗教組織の二世ってバレてそこから家に上げてもらえなくなったから。本当に、美味いなこれ」
「人生で今が二杯目とは言わないよね?そんなの不幸すぎる。オンラインカジノで二千ドルはいくよ。不幸すぎるから、もうちょっと濃くしとくね」
 時雨は原液ボトルを尚のコップに垂らしていく。
「入れ過ぎは違法だけど、安心して。他の神様には内緒にしとくから」
と言うと、「なにそれ」といつもの台詞を吐きつつも尚は満足そうだった。
 それは一瞬だったが、時雨はとても充実感を覚えた。
 甘味処であんみつとかき氷が出てきたときも、尾行の電車の帰り道でも、普段は下がっりっぱなしの尚の口角がほんの少しでも上がると、たちの悪い麻薬に手を出したみたいにまた見たくなる。でもその反対に、彼が泣き叫んで嫌がるようなこともしてやりたくなる。
 昨日の晩もそうだった。
 勃って固くなっている雄に、繋いだ手の指と同じく絡めてやろうかと何度か考えた。
「芙蓉さん。ごめん」
と時雨は小声で謝り立ち上がった。
 さすがにこれは仏壇の前で考えることじゃない。
「さて、僕は高校野球が始まる前に店に行って取るもの取ってくる。あとスーパーにも寄りたい」
「え?俺、留守番?お中元の仕分けなんてすぐ終わっちゃうけど?」
「じゃあ、昼のそうめん用に庭から赤紫蘇を摘んでおいて。芙蓉さんが昔、植えたんだけど、今でも生えてくるんだ。前、一夏さぼったらその一角が紫蘇の茂み状態になって大変だった」
「だったら、多目に摘んでおく?」
「そうだね。刻んで冷凍するっていう手もあるし。じゃ、行ってくるね」
 尚を残して、携帯と財布だけ持って外に出る。
 彼がついてきていないか用心のために確認して店に入る。
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