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第二章

16:もたれたって宗教の勧誘なんかしたりしないから。ほら

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 あれは悪魔の遊びだから見るなとすぐにテレビを止められた記憶がある。
「はい。これ」
 差し出されたのは、具材の形がわからなくなるほどとろとろに煮込まれたもつ煮だ。それを飲んで、しょっぱい焼きそばを数口食べていると、時雨がさらに二本ある缶のうち、一本を尚に渡してきた。
「お酒。ノンアルコールのを買ったけれど飲む?この前のは十二パーセントだったね。限定缶だったみたいだったけど。あれ、わざわざ選んで買ったの?」
「酒に度数なんてあるのか」
「前回で懲りたなら、僕が二本飲む。競馬場初めてならお酒が無くったって高揚感は充分楽しめるだろうし」
 返事の代わりに、尚はプルタブを開けた。
 微炭酸のフルーツ味のノンアルコール酒はほぼジュースだ。
 なんだ、いけるいけると、飲み始めたらすぐに身体がふわふわし始めた。
「あれ、不思議だな。本当に嫌々来たのに、何か、楽しい」
「酒が入ると、尚は呆れるほど素直だよね。それに、ノンアルコールは酔った感じになれるだけなのに、そこまで酔えるって不思議」
 時雨が皮肉を言うのを、尚は「ふふ」と笑いながら聞き流していた。
 ギャンブルは絶対的な悪。
 そう身体に叩き込まれて生きてきた。
 尚はとある新興宗教組織の出身なのだ。母親が入会していて、二世になる。物心付いたときには、もう加入させられていた。
 そこから自分だけ脱会しても、遊び方、楽しみ方が分からず、ギャンブルとは無縁で暮らしてきた。
 それを、こんな形で経験することになろうとは。
 自分は今、競馬場にいるぞっと拡声器を使って叫んでやりたい気分だった。
 誰か、世界同時中継をしてくれないかなとすら思った。
 きっと多くの現信者が目にし、眉をひそめる。
 時雨が椅子から腰を浮かした。
「楽しいのはこれから。上に行って馬券買ってくるから待ってて。尚が言った数字って、十八と……」
 他の二つの数字を再度確認し、尚の側から離れる。
 少しして戻ってきて、尚の持っている缶を取り上げ量を確認した。
「もう半分もない。結構飲んだね」
「美味い」
「寝そうな顔をしてる。肩にもたれていいよ」
 酔っていたとしても、さすがにそれは戸惑う。
「もたれたって宗教の勧誘なんかしたりしないから。ほら」
「なにそれ」
 尚は渋々、時雨によりかかった。
 メインレースが近くなり、観覧席に人が集まり始めた。でも、端っこに座っている尚と時雨のあたりは閑散としている。
 隠れて悪いことをしているようで、少し気持ちが浮つく。
 所属していた新興宗教では、恋愛は絶対禁止。セックスは子作りでしかしてはいけない、体位まで決まっているという徹底ぶりで、同性愛なんてありえなかった。
 別に尚は男が好きなわけじゃない。
 かといって、道行く女の顔や身体をいいなと思ったこともない。
 人間を形作る柔からな脂肪や硬い筋肉、暖かな体温。その全てが気持ちが悪い。
 以前、一度だけ風俗店に行ったことがあるのだが、女が裸になってくっついてきたら吐く一歩手前になって、逃げるように帰ってきてしまった。
 なのに、どうして、時雨の肩に自分は安心してもたれかかっている?
 それに、以前、キスだってした。
 ああ、そうか。分かった。こんなことができるのは相当、酔っているからだ。
 だって、時雨にもたれていても、身体がずり落ちそうになっているんだから。
 時雨が尚の背中に片腕を回し、そのまま固定するかのように抱いてくる。
 更に身体が密着した。
「質屋さん」
 彼がこちらを向くものだから、さらに顔が近くなる。
 唇に目がいった。
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