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第一章

6:申し訳無さそうな顔するぐらいなら、店の中に入って

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「あった」
 雑居ビルとはいえないデザインセンスのいい三階建てのビルだ。
 その一階に質屋の看板がかかっている。
 老舗のチェーン店のようだ。
 尚は店に近づいていく。
 自動扉が半透明なので、中はよく見えない。
 人がいるような雰囲気はあるのだが。
「ま、いてもいなくてもいいや。会いたくないし」
 セロテープで自動扉に片耳イヤホンが入った封筒を貼り付けようとしていると、扉が急に開いた。
「やばい」
 しかし、隠れる場所が無い。
「売り場はどこでもいいです。外れた場合、返金しますので、ビデオ通話アプリでスクラッチを削る様子をリアルタイムで送ってくださいね」
と言いながら時雨が女性と一緒に店内から出てきて、泣きはらした目をした女性はそれでも笑顔を見せ、時雨に一礼。日傘を差し、清澄通りを門前仲町駅方向へと歩いて行く。
「尚!」
 彼女の背中が見えなくなるとすぐに、時雨が寄ってきた。尚の足に不格好に巻かれた包帯を見てくすっと笑う。
 今日も浴衣姿だ。昨日とは違う茶色っぽい色のを着ていて、それもそれで似合っている。着道楽なタイプなのかもしれない。
「お客?邪魔した?」
 まさか、客と一緒だとは想定していなくて、尚は少し慌てる。
「ううん。もう済んだから」
「じゃあ、これ返す」
 尚が凸凹に膨らんだ封筒をつっけんどんに渡すと、それを手に平に向かって傾け、
「ああ。イヤホンの片方」
と納得する。
「あと、動画は消しといて。じゃ」
 尚はそそくさと側を離れようとした。
 向こうが勝手に支払った金を、今更返せと言われても困るからだ。
 だが案の定、
「ちょっと待って」
と呼び止められた。
 時雨は返されたイヤホンを見つめている。
「これ、買ったばかりなのにもう傷が。もしかして、踏んだり投げたりした?」
「え?……あ」
 覚えはなくない。
 時雨が携帯を出しイヤホンを耳に突っ込むと、「うーん?」と唸る。
「幾ら?弁償する」
 さすがに申し訳ないと思った。
 だが、値段を聞いてびっくりした。
 随分、高性能なものらしい。
 時雨が首を振る。
「別にいらない。音は普通に聞こえるし。それに、イヤホン突き返す前に、昨日のことを一言でも話題に出して欲しかった。こっちだって、別れた後、出過ぎたことをしたなあって反省したんだよ」
 本当に出過ぎたことのオンパレードだ。
 この男は月島相生橋界隈で酔っ払って座り込んでいた尚を助け、部屋まで送り届けてくれた。さらには、キスと添い寝をしながら一晩尚に付き合い、朝にはコンビニ袋いっぱいの飲み物や食べ物、それに足の手当用品までくれた。
 そして、勝手に延滞料込みの公共料金を支払った。
「申し訳無さそうな顔するぐらいなら、店の中に入って」
 いや、そんな顔した覚え無いし。
「熱射病になっちゃうよ」
 ほっとけっ!
「どうせ暇なんでしょ?こっち」
 寄るとも言っていなのに、時雨は尚に背中を向け店内へと消えていく。
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