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第一章

1:俺、どこか行っていた?それに……誰?

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 ATMは、残高不足で佐伯尚のカードを突き返してきた。
 照会したら残金は三桁しかない。
「……は?」
 早朝のコンビニで、眠気が一気に吹っ飛ぶ。
 携帯のアプリで入出金明細を確認すると、一昨日、二万円を下ろしていて、そして昨日は、
「十五万?!」
 ATMや銀行に立ち寄った記憶は一切ないのだが、と思いながら財布を探る。
 出てきたのは、ATMの利用明細票二枚と、
「タクシーの明細???」
 贅沢できない生活をしている尚は、絶対に利用しない乗り物だ。
 明細票の下部には、東京では走っているのを見たことがないタクシー会社の名前と電話番号がある。
 視力がおかしくなったのかと、左目と頬を覆う黒い大きな眼帯の反対側の目で何度も確かめたが、現実は何も変わらなかった。
 呆然としていると、
「あれ?起きたの?」
 声をかけてきたのは、漆黒の生地にかすれたような白く細い線が入ったのを着た浴衣姿の男だ。
 知り合いではない。
 男から見てもイケメンだなと思えるぐらい造形が整った知人はいない。
 年齢は二十代終わりから三十代前半。
 細身だが長身。百六十五センチほどしかない尚とは二十センチは差がありそうだ。
 男は手に持った大きめのコンビニ袋をゆらゆら揺らしながら、尚の側に寄ってくる。
 そして、気安く尚が持っているタクシーの明細を取り上げた。
「わお。昨晩、随分、遠くから戻ってきたんだね」
「俺、どこか行っていた?それに……誰?」
 男は尚の問いかけに、「参ったな」という顔をした。
「昨日のお酒、半分以上残っていたのに、たったあれだけで記憶を飛ばしちゃったの?教えたでしょ。僕は、質屋。すぐそこの角の」
「質屋……さん?」
 まさか、名前?
 それとも職業?
「はい、これ。喉、乾いているよね」
 質屋と名乗った男は、手に持っていたナイロンの袋から水のペットボトルを取り出す。
 確かに目覚めた時から、喉は干上がりそうなぐらい乾いていた。唇も切れそうなほど乾燥している。そして、足が猛烈に疲れていていた。
 目覚めたとき、敷布は点々と足元に血がついていて、幾つも出来たマメが潰れたあとがあった。そして、買った覚えのない喪服がハンガーに吊るされていた。
 覚えのないことだらけで、寝起きの頭ではついていけない。
 財布を覗いたら全然現金が入っていなくて、まずATMで下ろしてから水を買おうと思って、コンビニにやってきたのだ。
 なぜなら、水道はしばらく前から止められている。
「真夏に分厚い冬物の喪服なんて着てたから、脱がすのに苦労した。酔っ払ったまま寝こけていたら、脱水症状で危なかったかも」
 尚の右の目元が痙攣した。
 雑然とした四畳半の和室アパート。
 黄色い砂壁からカビ臭さが漂い、天井の薄い板には雨漏りの痕がある。
 その部屋にこいつが?
「何で勝手に俺の部屋に入ったんだよ!?」
 すると、質屋がナイロン袋を少し掲げ、尚の血の染みたゴムのサンダルを見る。そして、
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