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魔法少女の共犯作り

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『時間だよ!』

 もう30分経ったか。

 アロンガンテさんと見張りを交代してもらい、軽く寝たが、特に身体に不調はないな。
 それよりも、寝起きに珈琲を飲めないのが、少し寂しい。

 固いベッドから起き上がると、何かが身体の上を転がった。
 そう言えば、この2匹……2人も一緒に居たんだったな。

 このふたりを肩に乗せたまま、アロンガンテさんを起こしたら、アロンガンテさんがへんな顔をしていた。

 何も言わなかったが、アロンガンテさんはアシュリーさんの事を知っているのだろう。

 一応名前も呼んでいたからな。

「時間ですよ」
「もうですか」
「肩で寝るですー」

 出来れば、ミリーだけは黙らせたい。
 あるいは俺の嘘を全て無視して欲しい。

 袖に隠してあるレーション。
 単なる高カロリーチョコレートだが、取り出して少しだけ口に入れる。
 
「良ければどうぞ」
「……ありがとうございます」
「黙っとくですー」

 やはりといった感じの視線をアシュリーは向けてくるが、これで共犯である。

 扱い難い味方は共犯にしてしまうのが、手っ取り早い。
 これで多少は融通が効くと良いな。

 匂いを風の魔法で誤魔化し、ゴミは土の魔法で地面に埋めた。

 甘いものを食べたおかげで、眠気は飛んだな。
 魔法で無理矢理飛ばしても良いが、何もかも魔法に頼るのは、今は止めておかないといけない。

「おはようございます」
「おはようございます。時間ぴったりですね」

 アロンガンテさんはビットを通路の付近に設置し、広場の中央に立っていた。
 レールガンは装備していないが、ブレードを腰に携えている。
 
「全員起こしてしまって宜しいですか?」
「お願いします」
「わかりました」

 再び土の魔法を唱え、ベットを囲っている壁を撤去する。

 わざと大きな音が出るようにしたので、全員目が覚めただろう。

「もうそんなに時間が経ったのか」
「あんなに固いベッドなのに、グッスリと眠ってしまうとは……」
 
 魔法で無理が出来るとはいえ、寝て休むってのは人間にとって大事なのだ。
 なあ、アロンガンテさん?

「しかと休ませてもらった。次があったらわらわが代わろう」
 
 桃童子さんは欠伸をして、肩を回していた。
 一応出発前に、全員に魔法を使っておくかな。

 どうせ魔力は道中で回復するだろうし、多少無駄使いしても問題ないだろう。
 
「いえ、能力的に桃童子さんより私の方が防衛に向いているので、基本的に桃童子さんは休んでいてください。次は私とイニーの順番を逆にしましょう」
「分かりました」

 アロンガンテさんは全員に軽く柔軟するように指示を出し、柔軟運動の後に全員に水を配る。

 休憩は終わりとなり、再び通路へと足を踏み入れる。
 魔女は脱出できると言っていたが、本当に脱出することは出来るのだろうか?

 なんて事を、考え始めている奴が居てもおかしくない。
 僅かな不和が、取り返しのつかない事態を呼ぶ。

 誰が死に、誰が生き残るか。

 全ては、魔女だけが知るのだろう。
 


 

 1





 アロンガンテたちが消えて1時間もしない内に、事態に気付いたゼアーは直ぐに行動を起こした。

 最近はアロンガンテの周辺に居たゼアーだが、会議を利用して、会議に出席している人物の裏を探っていたのだ。

 その為、魔女の罠に掛からなかった。

 嫌な予感に従い、会議室に向かったゼアーが見たのは、壁の一部が崩れ、誰もいない会議室だった。
 
「やってくれるじゃない……」

 今回の会議は内容が内容のため、護衛や受付がいない。
 また、場所が妖精局の中なので、事態に気付けるが居なかった。

 妖精女王ならば気付けるのだが、現在、魔女の気配を妖精界で感じた事により、会議室で起きた事件にまで手が回っていなかった。

(あまり人に会いたくないけど、今は仕方ないわね……)

 ゼアーは影に潜り、白橿の下へと向かった。

「初めまして」

 いつもなら驚かさないように少し離れた場所に姿を現すのだが、緊急事態ということもあり、ゼアーは白橿の影から直接姿を現した。

 白橿は突然声を掛けられて驚くが、アロンガンテからゼアーの事を聞いていたので、すぐに落ち着きを取り戻した。
 
「確かゼアーさんだったかしら? 何か用?」
「緊急事態よ。おそらく魔女によって、会議に出席していた者が全員連れ去られたわ」
「――妖精界も、絶対に安全なわけではないって事ですね」

 白橿が今居るのは拠点内にある、自分用に与えられた部屋である。

 つまり、運良くひとりきりなのだ。
 
 白橿はタンスの中から一冊のファイルを取り出し、ゼアーに渡した。
 
 ゼアーは不思議に思いながらもファイルの中みを読み、次第に目を細めていく。

「成る程、一応もしもの事は考えていたのね」
「ええ。しっかりと協力してもらうわよ」
 
 白橿がゼアーに渡したファイル。それは、アロンガンテがもしもの場合に備えて残しておいた、緊急時のマニュアルだった。

 内容のほとんどは、アロンガンテがいなくなった時に備えてのものだが、ほぼ全てにゼアーの名前が書かれていた。

 アロンガンテは、ゼアーなら自分がいなくなった時に、直ぐに行動を起こすと読んでいたのだ。

「先ずは溜まっている事務処理と、行方の捜索ね、タイムリミットは?」
「マニュアル上は1週間だけど、5日間ね。それ以降は死んだものとして扱うわ」

 出来れば、死んでいるか生きているかをしっかりと確認してから判断したいが、いつまでも待つことは出来ない。
 これがゼアーの言う通り魔女の仕業なら、この後何かを仕掛けてくる恐れがある。

 アロンガンテがいない為、判断が出来ません。
 
 なんて言い訳は出来ない。

「私は会議に参加していた国に連絡を入れます。ゼアーさんは楓とジャンヌに連絡をお願いします」
「はいはい。せいぜい働かせてもらうわ」

 ゼアーとしては積極的に動きたくなんてないが、今の状況では白橿に丸投げなんて出来ない。

「伝えたら直ぐに戻ってくるわ。それまでは宜しくね」
「はい。アロンガンテの残した仕事を用意しておくので、早く帰ってきてくださいね」
「……ええ」

 アロンガンテは仕事が出来て、仕事を振るのも得意だったが、アロンガンテの直属の部下と言える者は、誰も居なかった。
 
 結果、アロンガンテがやっている仕事は多岐に渡る。

 アロンガンテの魔法があるからこなせているのであり、アロンガンテ以外では、処理をするのは厳しいのだ。

 ゼアーは再び影へと潜り、白橿は第一指令室へと向かう。

(全く……私の妹なんだから、少しは頑張って欲しいわね)

 珍しく姉妹で魔法少女になった白橿とアロンガンテ。

 さっさと魔法少女を辞めてしまった白橿とは違い、アロンガンテは流されるまま魔法少女を続けている。

 本人は早く引き継いで魔法少女を辞めたいと言っているが、育てるはずの部下すらいない。

 アロンガンテはイニーと同じく、不幸体質なのであった。





 2




「成功したようだね」
「ええ。少し脅しただけで動いてくれるのだから、大人って楽で良いわ」
「そして、証拠は闇の中……か」
「少しでも憂いは足っておいた方が良いでしょう?」


 魔女がイニーたちを洞窟へと送った方法。
 それはとても簡単な方法だった。

 そう、脅しだ。

 犠牲になったのはインドの政府の官僚だった。

 黒い噂が絶えず、噂通りの畜生であった。

 魔女に、暴露されたくなければ、従えと言われたのだ。
 簡単な事をすれば全て忘れると甘言で惑わし、転移の魔法が刻んである筒を持たせたのだ。

 結果として、脅されたインドの官僚は、もう魔女に脅される危険は無くなった。
 
 もう彼は、この世にいないのだから。
 
「あの洞窟。いや、ダンジョンと言った方が正しいのかな?」
「あそこはただの、蟲毒の壺よ。少し改良したけど、魔物を育てる為に用意しといた場所よ」
 
 魔女がイニーたちを送った場所は、魔女が魔物を育てる際に使っていた洞窟である。
 
 魔物を自然発生させ、競わせる。
 弱い魔物は死に、強い魔物だけが生き残る。

 それを繰り返して、手駒となる魔物を作っていた。

「それはまた酷い所だね。出る事は出来るのかい?」
「それは勿論よ。私は嘘が嫌いだからね。ちゃんと出口を用意してあるわ」

 洞窟の出口となる場所は、アロンガンテたちが広場と呼んでいた所を50ヶ所越えた場所にある。

 進むごとに魔物は強く、罠は悪辣なものに変わっていく。
 
「出口ね……うちのメンバーで脱出出来る者はいるのかい?」
「素の状態じゃあ無理ね。私以外の全員が居れば、最後の魔物を倒せるかもしれないわ」

 洞窟はただ歩くだけでも出るまでに1日掛かり、道中で食べ物や飲み物を手に入れる手段がない。
 魔物や罠があるので、脱出にはそれ相応の時間が必要となる。

 進むごとに魔物は増え、飢えや乾きが襲ってくる。

 唯一の救いは、広場の魔物を倒せば、そこが安全地帯になることだろう。

「それは酷い難易度だね」
「もうそろそろ潮時よ。それに、もしも死ななかったら次で最後よ」
「――そうか。ついに動くのだね」

 今までの魔女の行動は、全て遊びの範疇だった。
 結果がどうなろうと構わない。
 その過程を楽しんでいた。

 だが、ついに魔女は全ての準備を整え、世界を滅ぼすと決めたのだ。

(とうとう終焉の時か……) 

「最後の魔物って、何を準備しているのかい?」
「前はアロンガンテに縁のある魔物だったから、今回は桃童子に縁のある魔物を準備したわ」
「桃童子ね……」

 リンネからみた桃童子は、普通に強い魔法少女といった感じだ。
 接近戦に特化しており、遠距離攻撃をものともしない素早さ。
 硬い魔物もその拳で打ち砕く攻撃力。

 個人的には相手にしたくない魔法少女だ。

 そんな桃童子だが、過去に一度だけ、不可解な討伐履歴があった。

 その相手となる魔物の、”本当の生態”は公式上記録されてないが、北極に封印されている魔物と、同クラスと噂されている。

 運悪く魔女は、この討伐を見ることが出来なかった。
 しかし、討伐を見なかった理由がある。

 その魔物は、本来桃童子では絶対に勝てない魔物だったのだ。
 なのに、桃童子は単独で魔物を討伐し、今も生きている。

 何故桃童子が、勝つ事が出来たのか?
 その検証をしようとしているのだ。

「これまでも結構色々とあったけど、この世界はイニーを始めとして、様々な事が起きているわ。数百の記憶を共有していても、初めてが多いなんて面白いと思わない? ねえ、リンネ」

 あなたも他とは違う。
 そんな思いが、魔女の言葉に乗せられていた。
 
「他の事など私は知らんよ。だが、私があなたを裏切った事は一度もないのだろう?」
「そうね。ただの一度もなかったわ」

 クスクスと笑い、フードを揺らす。

 リンネが魔女を裏切ることはない。
 その事を、魔女は疑っていない。

(だろうね。私があなたを裏切ることはない。ただ、私はあなたを……)

 しかし、リンネにはリンネの考えがある。
 何を想い、何を願うのか?

 リンネが望む未来と、魔女が願う未来は、イニーの登場により歪められてしまった。
 
「イニーたちは一旦置いといて、こちらは楓の処理を始めましょう。もしもイニーが生き残って、2人一緒に相手するのは大変だもの」
「既にダミーの拠点が2つ潰されてるし、彼女なら1週間もしない内に此処に辿り着きそうだ。例の魔物はイニーが死んでからかい?」
「そうね……結果を見てから判断しましょう」

 モニターには夥しい数の魔物を相手にしながら、通路を進むイニーたちが映されている。
 
 魔法少女3人。内2人はランカーだが、それでも容易に進む事が出来なくなっていた。

 怪我はイニーによって治せているが、進めば進む程、怪我の量が増えていく。
 まだ誰も死んでいないのは、奇跡に近いだろう。
 
「まあ、万が一があったとしても、勝つのは私よ」
「これまで負けなしであり、アルカナを所持している魔法少女もイニーだけだからね。物量の前に、一個人の力など無いに等しい。私も、あなたが勝つと思うよ」

 魔女の強みは個人の力だけではなく、仲間となる魔法少女や、手足としてる使える魔物たち。

 群としても一級品の力がある。

 本来ならイニー側も、アルカナと契約している魔法少女と組んで戦うのだが、既に残されているアルカナは4人だけだ。
 その内ふたりは既にイニーと契約しており、もうひとりは魔女の手の中だ。
 
 増えても、ひとりだけ。

 人数も、個の力としても、イニーは魔女には適わない。

 万が一イニーが生き残ったとしても、魔女の計画を止めるには力が足りないだろう。
 
「このままイニーたちが苦しむのを楽しんでも良いけど、少し出かけてくるわ。そうそう、楓になら薬を使って良いわよ」
「分かった。こっちは楓対策を進めておこう」

 魔女は魔法陣の上に乗り、何処かへと姿を消す。

「楓か……少し頑張ってみるか」

 リンネは一度イニーたちが映っているモニターを見てから、部屋を出て行った。

 モニターに映る桃童子やアロンガンテの顔には、隠せない程の疲労の色が見えた。
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