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魔女の誘い
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「一体あの魔法少女は何なんだ!」
イニーの試合が終わった頃、妖精局にある会議室の一室に怒声が響き渡った。
「流石にあれは予想外でしたね」
「まさかあれほどとはな。あれでハンデありと言うのだから、手に負えん」
ここに集まって居るのは世界各国にある魔法局の幹部クラスであり、新魔大戦に関係がある者だ。
できれば自国の魔法少女に勝ってほしい。
それはここに居る全ての人間が思っている事だ。
しかし、今のままではそれが叶わないことだと、分かっている。
「イニーフリューリングか……楓の案を笑っていたが、これでは我々がただの道化ではないか」
「既に初日は終わってしまったし、このままでは……」
このままではイニーの優勝をもって、新魔大戦は終わるだろう。
それは誰の目から見ても明らかだ。
多少遺恨は残るだろうが、このまま終わった所で、何ら問題はない…………普通ならばだ。
「また魔法少女共に……楓にでかい顔をされなければならんのか!」
利権と権力を求める者たちと、あくまでも世界のため、人類のために活動する楓達魔法少女との深い溝。
それが問題だった。
自分たちは指示を出し、危険なことは全て魔法少女任せ。それだけで金が手に入るとなれば、堕落するのは必然だった。
特に、今回の様な催し物は金になる。
なのに、1人の魔法少女によって全て台無しになったのだ。
野良であり、魔法局から距離を取っているイニーは魔法局の一部の人間にとっては、目の上のたんこぶなのだ。
その能力から、支部の方から色々とアプローチされているが、魔法局に属さないのなら邪魔でしかない。
更に楓とタラゴンが保護者となっているため、下手に手を出すと物理的に滅ぼされる危険があるのだ。
「せめて奴が優勝さえしなければ格好もつくのだが……」
男は苦々しい表情を浮かべて、テーブルに肘をつく。
そんな時、男の端末が鳴る。
ディスプレイには楓の名前が出ており、思わず悪態を付きたくなるが、何とか抑える。
「どうかなされましたか?」
「楓からの電話だ……もしもし?」
『先日ぶりですね。恐らく会議をしていると思いますが、提案があります』
「提案だと?」
「ええ。このままだとそちらが困ると思いましてね」
男は楓の物言いに、奥歯を噛み締めて耐える。
図星を突かれ、恩を着させられようとしている。
事が事なだけに断ることも出来ない。
「……言え」
「試合形式をバトルロイヤルに変更はいかがでしょうか?多少批判はあると思いますが、イニーは既に承諾済みですし、このままだと叩かれるのはあなたたちでしょう?」
既に1日目を終えているのに、試合形式を変える。
あまりにも無茶な提案だが、確かに案としては良いかもしれない。
何より、イニーと他の魔法少女が1対1で戦わなくて済む。
このままいけばイニーが勝つのは、火を見るより明らかだ。
多少荒れるだろうが、今の状態よりはマシだろう。
強いて言うなら、楓に提案されたということが、男にとっては腹立たしかった。
「貴重な提案をありがとう。検討してみよう」
『分かりました。決まりましたら、周知の方はお願いします。それでは』
通話が終わり、男は一度咳払いしてから、先程の楓からの提案を話す。
トーナメントからバトルロイヤルに試合形式を変え、もう一度やり直す。一番危惧すべきイニーからは了承を貰っており、後はこちら次第だと。
「無茶ではありますが、やむを得ませんな。このままでは大損になってしまう」
「私たち側の魔法少女が勝つならまだしも、イニーに勝たれては敵いませんからな」
会議に出席している者たちが次々と賛同していき、全員賛成で可決となった。
だが、この場で決まったからと言って、直ぐに変えられるほど、簡単な話ではない。
「それでは話も纏まりましたし、各自連絡や周知の方、よろしく頼む」
会議が終わり、次々と席を立って出て行く中、楓と電話していた男はまだ座って考え事をしていた。
最後の1人となり、席を立とうとしたその時だった。
「中々楽しいお話をしてたみたいだね」
「誰だ!」
どこからともなく 、女性の声が聞こえてきた。
「なに、しがない魔法少女よ。随分と遊ばれていたみたいだから、少し手助けでもと思ってね」
「……その前に姿を現したらどうだ?」
男は油断なく周りを見渡すが、会議室には誰もおらず、隠れる場所などない。
そして、男は不自然な事に気付く。
いつの間にか会議室と通路を繋ぐ扉は締まっているのだ。
男の頬を冷汗が伝う。
「そうね。良いわよ」
男の後ろに魔法陣が現れ、黒いフードを被った女性と思わしき人物が現れる。
顔の部分は深い闇となっており、顔の輪郭すら見ることができない。
だが、魔法少女と名乗っている以上は、女性であるのは間違いない。
そして、誰にも気づかれずこの会議室まで来られることから、只者ではないと考える。
そもそも、この会議室内で魔法を使えば感知器が作動して警報が鳴るはずなのだ。
助けは期待できない。
今はこの魔法少女の真意を確かめるしかない。
「――手助けとはなんだ?」
「楓やイニーに弄ばれて、さぞかし悔しい思いをしていると思ってね。これを使えばイニーが優勝することはなくなるわ」
魔法少女は、小さい魔法陣から端末を取り出して、男に渡す。
「その中には面白いプログラムが仕込んであるわ。それをシミュレーション用の機材に接続すれば大丈夫よ」
「……それでは証拠が残るだろう。そんな馬鹿なことはできん」
「読み込ませさえすれば証拠は残らないわ。”私たち”がやっても良いけど、仕返しをしたいとは思わないのかしら?」
この男がこれまで楓や、それに連なる者たちに煮え湯を飲まされた回数は数知れず、仕返ししてやりたいと考えてはいた。
だがリスクや、もしもの事を考えて何もできないでいた。
黒い感情が男の中で渦巻き、魔法少女の言葉に耳を傾ける。
「憎いのでしょう? なに、もしもバレたとしても、私のせいにすれば良いわ。例えバトルロイヤルになったとしても、イニーが負けると思うかい?」
「……」
「これは君に託すよ。やるもやらぬも好きにすればいいわ」
そう言い残し、魔法少女は立ち去ろうと、後ろに振り替える。
「待て、名前は何という?」
魔法少女は立ち止まり、コツンと足音が響く。
奥の見えない顔を男に向け、少し笑った事でフードが揺れる。
「そうね。魔女……と、呼ばれているわ」
そう答えて、魔女は魔法陣の中に消えていく。
閉まっていたはずの扉がいつの間にか開いており、まるで会議室の中だけ時間が止まっていたようだと、男は感じた。
ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭う。
先程の出来事は自分が見た幻ではないのかと考えるが、手元にある端末が現実であったことを物語っている。
(これを使えば仕返しが出来る……か)
先程魔女が言った事を反復する。
本当に証拠が残らないのかという疑問は確かにある。
だが、この機会を逃した場合、次に楓たちに仕返し出来るか分からない。
それどころか、自分が今の地位に居られるかすら分からない。
男は端末を握りしめて、席を立つ。
向かう場所は…………。
1
「やあ、久しぶり」
「フールか……お前が自分から来るなんて珍しい」
暗闇が広がる空間で、白い椅子に座っている偽史郎にフールが話しかける。
偽史郎はテーブルに置かれているカップを手に取り、一口飲む。
カップの中には赤い液体が入っている。
フールは偽史郎を見て首を傾げる。
「何でそんな姿をしているんだい?」
「これかね? 彼……ハルナの事を忘れないようにさ」
「ふーん。そのハルナ、変身している時はイニーだっけ? に会って来たよ」
「ほう。どうだったかね?」
「あの眼は良いね、だけど、あまりにも弱すぎる。あれじゃあ無駄死にするだけさ」
フールは偽史郎に椅子を出して貰い、対面に座る。
イニーと会った時同様に、フールは笑みを浮かべて偽史郎に話す。
「そうか。それ以外に何かあるかね?」
「……もう、彼女しか居ないんだね?」
「ああ。今は彼女だけさ。それ以外は分かっているだろう?」
彼女。それがイニーを指すのか、それともアクマを指すのかは分からない。しかし、どちらだったとしても、あまり良い話ではない。
フールは笑みを消し、真剣な顔をする。
「お前ももう、契約するだけの気力は無いのだろう?」
「――分かっちゃうか。そうだね。既に僕は諦めてしまっている。終わりの無い戦いに、敗北の日々。幾ら愚者と言われてても、耐えられなかったみたいだ」
「そうか……どうするつもりだね?」
偽史郎は少し寂しげな表情を浮かべ、また赤い液体を飲む。
フールが居なくなれば、残りは4人だけどなる。
偽史郎がフールを止める事は出来ない…………いや、止めた所で無駄だと分かっている。
「そうだね。彼女……イニーが軽率な夢想家なら一緒に消えてしまおうと考えているよ。だけど……」
フールはそこで言葉を切り、一枚のカードを取り出す。
そこには愚者の絵が描いてあり、フールはそのカードを上に放り投げる。
「イニーに魔女を倒せる可能性があるなら、僕の全てをイニーに託そうと思う」
愚者のカードか落ちてきて、正位置の状態で空に停止する。
愚者……可能性を見いだし、誰よりも自由である者。
或いは、誰よりも愚かで不自由な者。
幾多の歳月と敗北の日々は人ならざる者の精神すら摩耗させた。
「そうか。少し寂しくなるが、仕方あるまい」
「僕は思うんだ。いっそ、あいつに負けてしまうの良いんじゃないかってね。人の争いは人が決着を着けなければならない。正直僕は、あいつや”あれ”に人が勝てるとは思えない」
偽史郎は一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
いつからだろうか? 最初の頃は息巻いていたフールでさえ、今ではこの有り様だ。
勝たなければ人類は勿論、世界そのものが滅んでしまう。
最後には何も残らず、無が広がるだけになるだろう。
偽史郎は目を開いてフールを見つめる。
「私はそう思わない。人の可能性は、まだ捨てたもんじゃないと思っている」
「そう……なら、イニーで試させて貰うとするよ。勝者となるのか、それとも敗者となるのか…………或いは救世主となる器があるのかをね」
フールはそう言い残し、偽史郎の前から姿を消す。
「救世主……か。あれはそんな優しいものではない。そうだな、例えるなら破滅を告げる白魔導師……と言ったところだろう」
偽史郎に戦いたいから戦う。魔女はついでと言い放ったイニー。
イニーには正義も悪も関係ない。
彼女が望むのは、戦いだけなのだ。
イニーの試合が終わった頃、妖精局にある会議室の一室に怒声が響き渡った。
「流石にあれは予想外でしたね」
「まさかあれほどとはな。あれでハンデありと言うのだから、手に負えん」
ここに集まって居るのは世界各国にある魔法局の幹部クラスであり、新魔大戦に関係がある者だ。
できれば自国の魔法少女に勝ってほしい。
それはここに居る全ての人間が思っている事だ。
しかし、今のままではそれが叶わないことだと、分かっている。
「イニーフリューリングか……楓の案を笑っていたが、これでは我々がただの道化ではないか」
「既に初日は終わってしまったし、このままでは……」
このままではイニーの優勝をもって、新魔大戦は終わるだろう。
それは誰の目から見ても明らかだ。
多少遺恨は残るだろうが、このまま終わった所で、何ら問題はない…………普通ならばだ。
「また魔法少女共に……楓にでかい顔をされなければならんのか!」
利権と権力を求める者たちと、あくまでも世界のため、人類のために活動する楓達魔法少女との深い溝。
それが問題だった。
自分たちは指示を出し、危険なことは全て魔法少女任せ。それだけで金が手に入るとなれば、堕落するのは必然だった。
特に、今回の様な催し物は金になる。
なのに、1人の魔法少女によって全て台無しになったのだ。
野良であり、魔法局から距離を取っているイニーは魔法局の一部の人間にとっては、目の上のたんこぶなのだ。
その能力から、支部の方から色々とアプローチされているが、魔法局に属さないのなら邪魔でしかない。
更に楓とタラゴンが保護者となっているため、下手に手を出すと物理的に滅ぼされる危険があるのだ。
「せめて奴が優勝さえしなければ格好もつくのだが……」
男は苦々しい表情を浮かべて、テーブルに肘をつく。
そんな時、男の端末が鳴る。
ディスプレイには楓の名前が出ており、思わず悪態を付きたくなるが、何とか抑える。
「どうかなされましたか?」
「楓からの電話だ……もしもし?」
『先日ぶりですね。恐らく会議をしていると思いますが、提案があります』
「提案だと?」
「ええ。このままだとそちらが困ると思いましてね」
男は楓の物言いに、奥歯を噛み締めて耐える。
図星を突かれ、恩を着させられようとしている。
事が事なだけに断ることも出来ない。
「……言え」
「試合形式をバトルロイヤルに変更はいかがでしょうか?多少批判はあると思いますが、イニーは既に承諾済みですし、このままだと叩かれるのはあなたたちでしょう?」
既に1日目を終えているのに、試合形式を変える。
あまりにも無茶な提案だが、確かに案としては良いかもしれない。
何より、イニーと他の魔法少女が1対1で戦わなくて済む。
このままいけばイニーが勝つのは、火を見るより明らかだ。
多少荒れるだろうが、今の状態よりはマシだろう。
強いて言うなら、楓に提案されたということが、男にとっては腹立たしかった。
「貴重な提案をありがとう。検討してみよう」
『分かりました。決まりましたら、周知の方はお願いします。それでは』
通話が終わり、男は一度咳払いしてから、先程の楓からの提案を話す。
トーナメントからバトルロイヤルに試合形式を変え、もう一度やり直す。一番危惧すべきイニーからは了承を貰っており、後はこちら次第だと。
「無茶ではありますが、やむを得ませんな。このままでは大損になってしまう」
「私たち側の魔法少女が勝つならまだしも、イニーに勝たれては敵いませんからな」
会議に出席している者たちが次々と賛同していき、全員賛成で可決となった。
だが、この場で決まったからと言って、直ぐに変えられるほど、簡単な話ではない。
「それでは話も纏まりましたし、各自連絡や周知の方、よろしく頼む」
会議が終わり、次々と席を立って出て行く中、楓と電話していた男はまだ座って考え事をしていた。
最後の1人となり、席を立とうとしたその時だった。
「中々楽しいお話をしてたみたいだね」
「誰だ!」
どこからともなく 、女性の声が聞こえてきた。
「なに、しがない魔法少女よ。随分と遊ばれていたみたいだから、少し手助けでもと思ってね」
「……その前に姿を現したらどうだ?」
男は油断なく周りを見渡すが、会議室には誰もおらず、隠れる場所などない。
そして、男は不自然な事に気付く。
いつの間にか会議室と通路を繋ぐ扉は締まっているのだ。
男の頬を冷汗が伝う。
「そうね。良いわよ」
男の後ろに魔法陣が現れ、黒いフードを被った女性と思わしき人物が現れる。
顔の部分は深い闇となっており、顔の輪郭すら見ることができない。
だが、魔法少女と名乗っている以上は、女性であるのは間違いない。
そして、誰にも気づかれずこの会議室まで来られることから、只者ではないと考える。
そもそも、この会議室内で魔法を使えば感知器が作動して警報が鳴るはずなのだ。
助けは期待できない。
今はこの魔法少女の真意を確かめるしかない。
「――手助けとはなんだ?」
「楓やイニーに弄ばれて、さぞかし悔しい思いをしていると思ってね。これを使えばイニーが優勝することはなくなるわ」
魔法少女は、小さい魔法陣から端末を取り出して、男に渡す。
「その中には面白いプログラムが仕込んであるわ。それをシミュレーション用の機材に接続すれば大丈夫よ」
「……それでは証拠が残るだろう。そんな馬鹿なことはできん」
「読み込ませさえすれば証拠は残らないわ。”私たち”がやっても良いけど、仕返しをしたいとは思わないのかしら?」
この男がこれまで楓や、それに連なる者たちに煮え湯を飲まされた回数は数知れず、仕返ししてやりたいと考えてはいた。
だがリスクや、もしもの事を考えて何もできないでいた。
黒い感情が男の中で渦巻き、魔法少女の言葉に耳を傾ける。
「憎いのでしょう? なに、もしもバレたとしても、私のせいにすれば良いわ。例えバトルロイヤルになったとしても、イニーが負けると思うかい?」
「……」
「これは君に託すよ。やるもやらぬも好きにすればいいわ」
そう言い残し、魔法少女は立ち去ろうと、後ろに振り替える。
「待て、名前は何という?」
魔法少女は立ち止まり、コツンと足音が響く。
奥の見えない顔を男に向け、少し笑った事でフードが揺れる。
「そうね。魔女……と、呼ばれているわ」
そう答えて、魔女は魔法陣の中に消えていく。
閉まっていたはずの扉がいつの間にか開いており、まるで会議室の中だけ時間が止まっていたようだと、男は感じた。
ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭う。
先程の出来事は自分が見た幻ではないのかと考えるが、手元にある端末が現実であったことを物語っている。
(これを使えば仕返しが出来る……か)
先程魔女が言った事を反復する。
本当に証拠が残らないのかという疑問は確かにある。
だが、この機会を逃した場合、次に楓たちに仕返し出来るか分からない。
それどころか、自分が今の地位に居られるかすら分からない。
男は端末を握りしめて、席を立つ。
向かう場所は…………。
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「やあ、久しぶり」
「フールか……お前が自分から来るなんて珍しい」
暗闇が広がる空間で、白い椅子に座っている偽史郎にフールが話しかける。
偽史郎はテーブルに置かれているカップを手に取り、一口飲む。
カップの中には赤い液体が入っている。
フールは偽史郎を見て首を傾げる。
「何でそんな姿をしているんだい?」
「これかね? 彼……ハルナの事を忘れないようにさ」
「ふーん。そのハルナ、変身している時はイニーだっけ? に会って来たよ」
「ほう。どうだったかね?」
「あの眼は良いね、だけど、あまりにも弱すぎる。あれじゃあ無駄死にするだけさ」
フールは偽史郎に椅子を出して貰い、対面に座る。
イニーと会った時同様に、フールは笑みを浮かべて偽史郎に話す。
「そうか。それ以外に何かあるかね?」
「……もう、彼女しか居ないんだね?」
「ああ。今は彼女だけさ。それ以外は分かっているだろう?」
彼女。それがイニーを指すのか、それともアクマを指すのかは分からない。しかし、どちらだったとしても、あまり良い話ではない。
フールは笑みを消し、真剣な顔をする。
「お前ももう、契約するだけの気力は無いのだろう?」
「――分かっちゃうか。そうだね。既に僕は諦めてしまっている。終わりの無い戦いに、敗北の日々。幾ら愚者と言われてても、耐えられなかったみたいだ」
「そうか……どうするつもりだね?」
偽史郎は少し寂しげな表情を浮かべ、また赤い液体を飲む。
フールが居なくなれば、残りは4人だけどなる。
偽史郎がフールを止める事は出来ない…………いや、止めた所で無駄だと分かっている。
「そうだね。彼女……イニーが軽率な夢想家なら一緒に消えてしまおうと考えているよ。だけど……」
フールはそこで言葉を切り、一枚のカードを取り出す。
そこには愚者の絵が描いてあり、フールはそのカードを上に放り投げる。
「イニーに魔女を倒せる可能性があるなら、僕の全てをイニーに託そうと思う」
愚者のカードか落ちてきて、正位置の状態で空に停止する。
愚者……可能性を見いだし、誰よりも自由である者。
或いは、誰よりも愚かで不自由な者。
幾多の歳月と敗北の日々は人ならざる者の精神すら摩耗させた。
「そうか。少し寂しくなるが、仕方あるまい」
「僕は思うんだ。いっそ、あいつに負けてしまうの良いんじゃないかってね。人の争いは人が決着を着けなければならない。正直僕は、あいつや”あれ”に人が勝てるとは思えない」
偽史郎は一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
いつからだろうか? 最初の頃は息巻いていたフールでさえ、今ではこの有り様だ。
勝たなければ人類は勿論、世界そのものが滅んでしまう。
最後には何も残らず、無が広がるだけになるだろう。
偽史郎は目を開いてフールを見つめる。
「私はそう思わない。人の可能性は、まだ捨てたもんじゃないと思っている」
「そう……なら、イニーで試させて貰うとするよ。勝者となるのか、それとも敗者となるのか…………或いは救世主となる器があるのかをね」
フールはそう言い残し、偽史郎の前から姿を消す。
「救世主……か。あれはそんな優しいものではない。そうだな、例えるなら破滅を告げる白魔導師……と言ったところだろう」
偽史郎に戦いたいから戦う。魔女はついでと言い放ったイニー。
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彼女が望むのは、戦いだけなのだ。
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