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魔法少女は珈琲が好き
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試合後、直ぐにデンドロビウムに詰め寄られ、散々質問攻めされたせいで、帰るのが遅くなってしまった……。
まさかまた泣かれるとはな……後でシミュレーションで戦う約束をさせられたが、恐らく会う事は無いだろう。
空手形となってしまうが、大人とは時に汚いものだ。許せとは言わないが、機会があったら謝ろう。
さて、帰ると言っても、まだ帰る事が出来ない。
終わったら、楓さんの執務室まで来るように言われてるからだ。
何の用だか分からないが、俺の勘がろくでもない事だろうと告げている。
なるべく人目を避ける様にして向かっているが、今日と明日は一般人も多い為、完全に人目を避けるのは不可能だ。
なので、先程から数回知らない人に声を掛けられたりもしているが、無視している。
急に前に立ちはだかる者も居たが、じっと顔を見てやると、後ずさってどいてくれる。
肩を掴まれたりしたら少々面倒だが、問題を起こしたものは問答無用で捕まるので、馬鹿な事をしようとする者は流石に居ない。
もしも居たら、正当防衛ということで少々痛い目に有ってもらうことになるだろう。
そんなこんなでランカー用の施設に入ると、流石に俺に話し掛けるような奴は居なくなる。
(邪魔くさいったらありゃしないな)
『ハルナは話題に事欠かないからね。話してみたいって人が多いだろうね』
(俺には理解できんよ……)
さて、執務室に着いたし、いつものようにノックをして反応を待つ。
「どうぞ」
「失礼します」
ジャンヌさんの所と違い、楓さんの所は綺麗なものだな。
あの汚部屋は作ろうとして作れるものではない。
「後少しで空きますので、座ってお待ち下さい。飲み物はあちらにあるので、好きなものをどうぞ」
「分かりました」
最近は寒いのでホット珈琲も良いが、ここはホットココアにでもしておくかな。
自分のを淹れるついでに、楓さんのも淹れておく。
(珈琲も良いが、たまにはココアも良いな)
『私としては、オレンジジュースやグレープジュースとかの方が、好きなんだけどね』
(そればかり買わされてるから知ってるよ)
飲むのは良いのだが、数種類開けて飲むせいで、飲み終わる前に賞味期限が来そうになることが多い。
俺はあまり飲まないし、アクマの体型ではそんなに多くは飲めない。
結果的にミカちゃんの腹の中に消えることが何度かあった。
大容量のを買う俺も悪いかもしれないが、小さいパックだとゴミが増えるからな……。
「お待たせしてすみません」
「大丈夫です。それで、何の用でしょうか?」
アクマと飲み物について話していたら、楓さんの仕事が一区切りついたようだ。
「やはりと言いますか、予想通りと言いますか、各方面からクレームが来まして……」
微妙に濁しながら話す楓さんの話を纏めると、俺とデンドロビウムの戦いを見たお偉いさん方が、流石にアレは駄目だろうと思ったらしく、楓さんに相談したらしい。
最初はこんなハンデでは戦いにならないだろうと、タカを括っていたのに、この手のひら返しである。
まあ、魔法を禁止されない限り、負けることはないだろうからな。
もっと新人らしい戦い方をすれば良かったかもしれないが、気分が乗ってしまったのだ。
終わった後に、アクマにも戦い方について少し怒られてしまった。
既に新魔大戦の場に姿を現してしまっているため、ここで俺が出場辞退ともなれば、荒れるのは間違いない。
とは言っても、これ以上のハンデなど正直設け用がない。
「分かりましたが、どうするつもりですか?」
「そうなんですよね……ハンデの時点であの騒動でしたし、出場辞退も既に無理なので、代案を出せと言っても、皆だんまりでしたからね……」
このままいけば、俺がわざと負けない限り勝つだろうしな。
俺を出したのが悪い。
うーんうーんと楓さんは唸りながら、身体を右へ左へと傾ける。
下手なことをすれば観客が暴動を起こし、かと言って何もしなければ結果が見えている試合となる。
あくまでも、恩があるから出ている俺からしたら、何でも良いから早く終わらせてほしい。
「いっその事仕切り直してバトルロイヤルにします?」
「……許されるんですか?」
「このままだとイニーが勝つことは明白ですし、誰も代案を出してくれませんし、駄目なら駄目で構いませんからね」
まあ、一応魔法局が主催だからな。何かあったとしても楓さんが困ることはないのだろう。
楓さんも鬱憤が溜まっているのだろうな。
「それって承諾されるんですかね?」
「駄目なら優勝者が決まった様な状態のトーナメントが続き、叩かれるでしょうからね。恐らくイニーが承諾すれば、他は問題ないと思います」
まあ、バトルロイヤルとは名ばかりの、1対9になるわけだからな。
間違いなく、最初に俺を倒そうと群がってくるだろう。
それに、敗退したものは優勝のチャンスが貰え、勝っている者たちは勝てないだろう相手と1対1で戦わなくて済む。
俺が逆の立場なら、この条件を飲むだろう。
新人相手の戦いはもの足りないが、1対9なら楽しめるだろう。
『ハルナさんや、それフラグ』
(フラグなぞへし折ってくれるわ!)
杖が無いのは不安材料だが、この程度で負けるようでは魔女を狩るのは夢のまた夢だ。
たまにはフラグ程度折るつもりで頑張らなければならない。
「私は構いませんよ。勿論ハンデもこのままで」
「それについてはどうなるか分かりませんが、了承を得られたという事で、聞いてみますね」
楓さんは端末を取り出してどこかに掛ける。大方魔法局のお偉いさんか、それに連なる者だろう。
楓さんの電話が終わるまでは、休ませてもらうとしよう。
ココアを飲み、クッキーを食べる。
ああ、そうだ。例の事をアクマに話す約束だった。
(試合前の事だけど、アクマの仲間で少年とか居るのか?)
『うーん。見た目は正直当てにならないんだよね。見た目なんて変えようとすれば変えられるし、他に何か情報はない?』
情報と言っても、ほとんど話していないからな。
こんにちはからのさようならだ。
いや、そう言えば去り際に、何か言っていた気もするな……。
(確か選定とか言っていた気がするな)
『チッ! フールか。よりにもよって、あいつが来たか……』
何かアクマがめっちゃキレてるな……余程嫌いなのだろうか?
(どんな奴なんだ?)
『自己中の糞野郎だね。恐らく私たちの中で1番の役立たずだよ』
中々辛辣だな……余程据えかねているみたいだ。
『あいつの事は何も信じちゃ駄目だよ。あいつは名前通りだからね』
(それは明日の事についてもか?)
『……いや、警戒だけはしておこう。私も何となく、襲撃される予感がする』
なるほど、全部が全部出鱈目って訳でもなさそうだ。
「分かりました。決まりましたら、周知の方はお願いします。それでは」
どうやら、楓さんの方の電話も終わったみたいだな。
「どうでしたか?」
「多少渋りましたが、恐らくバトルロイヤルになるでしょう。ハンデについてはイニー以外の出場魔法少女次第との事です」
プライドの高い魔法少女たちが、ハンデを自分たちから望むだろうか?
まあ、どちらでも構わないが、魔女たちの事も考えておかなければならない。
試合中なら俺は関係ないだろうが、閉会式の途中とかなら、俺も参戦して戦いたい。
出来れば後ろから首を落としてやりたいが、流石に無理だろう。
「そうですか……」
「恐らく明日の朝一で連絡がいくと思いますので、頑張って下さいね」
「分かりました。他に用はありますか?」
「あっ、いえ……用はもう……」
「そうですか。それでは失礼します」
楓さんは何か言いたそうにしていたが、精神的に疲れたので、さっさと帰りたい。
コップを片付け、軽く頭を下げてから楓さんの執務室を後にして出口に向かう。
「おや? イニーじゃないか。今帰りかな?」
出口まで後少しという所で、ジャンヌさんに会ってしまった……後少しだったんだけどな。
「はい。楓さんに呼ばれてたので、その帰りとなります」
「そうか。良かったら1杯飲んで行かないか? 珍しい珈琲が手に入ってね。イニーも確か珈琲が好きだっただろう?」
「……行きます」
酒の類いが飲めない今、俺のストレスを軽減するのはカフェインしかないからな……珍しいと言われれば飲んでみたくなる。
あの汚部屋に行くことになったとしてもな。
「それは良かった。恐らくタラゴンが片付けを終えてるはずだから、多少は落ち着いて飲めるはずだ」
ああ、また掃除して上げてるんだ。
タラゴンさんも色々やらかすけど、結構世話焼きだからな。
ジャンヌさんの後について行き、執務室に入るとタラゴンさんが電子ファイルを整理していた。
部屋もそれなりに綺麗になっており、多少は見られたものになっている。
「あら? やっと帰って来たのね。それと、何故イニーも一緒に?」
「偶然会ってね.。珍しい珈琲が手に入ったから誘ったんだ」
「そうなのね。それはそれとして、イニー。あまり派手にやらない方が良いって言ったのに、あれはやりすぎじゃない?」
何故だろう。至極真っ当な事を言っているはずなのに、タラゴンさんに言われると釈然としない。
「……すみません。少し興が乗ってしまって」
「気持ちは分かるけど、そのせいで上はてんやわんやしているから、明日はもう少し気を付けなさいよ」
「その件ですが……」
タラゴンさんに、先ほど楓さんと話した内容を話す。
「なるほどねー。あっ、ジャンヌ。私ミルク多めでね。まあ、こうなってしまったからには仕方ないけど、あまり派手な戦いをしないように気を付けなさい」
「はい」
「お説教は終わったかい? これが約束の珈琲だよ。滅びた国の銘柄を再現したものらしい。確かインドネシアだったかな?」
(インドネシアってどこだ?)
『オーストラリアとベトナムの間辺りにあった国だね。滅びてもう30年位経つみたい』
なるほど、俺が生まれる前の話か。
”始まりの日”から、随分と国や陸地は減ったみたいだからな。全部を覚えるのは流石に無理だ。
さて、先ずは一口いただくとしよう。
「……美味しいですね」
「香りもさることながら、奥深い苦みがあるね。これは当りだ」
「あんたたちよくブラックで飲めるわね」
男性ならともかく、女性でブラックを飲む人は少ないだろうしな。ミカちゃんも、もう飲まないとか言ってたし。
そう考えると、ジャンヌさんは少数側の人間か。
「私としては、珈琲はブラックでこそ輝くと思うんだが、他人の趣向をとやかく言うつもりはないさ」
ああ、カフェインが身体を駆け巡る……アクマによって荒れた心が安らいでいく。
……おっと、ついつい寝そうになってしまった。
ジャンヌさんは、見た目は胡散臭いくせに、結構助けてもらってるんだよな。
回復魔法の事を考えれば、ジャンヌさんも結構闇が深いと思うのだが、今聞くことではないだろう。
「珈琲ご馳走様でした。私はこれで帰ります」
「なに、気にすることじゃないさ。少々特殊な入手経路だから渡せないが、飲みたくなったら、またきたまえ」
「一緒に夕飯でも行きたいけど、私もこれからもう一働き残ってるのよね……明日はちゃんと手を抜くのよ」
これで今日の用事らしい用事は終わりだ。
後は明日どうなるかだな……奴らは本当に襲撃に来るのだろうか?
『そうそう、マリンたちから連絡が、何通か来てるから後で見といてね』
(……了解)
帰って直ぐに寝ることは、できなさそうだな。
まさかまた泣かれるとはな……後でシミュレーションで戦う約束をさせられたが、恐らく会う事は無いだろう。
空手形となってしまうが、大人とは時に汚いものだ。許せとは言わないが、機会があったら謝ろう。
さて、帰ると言っても、まだ帰る事が出来ない。
終わったら、楓さんの執務室まで来るように言われてるからだ。
何の用だか分からないが、俺の勘がろくでもない事だろうと告げている。
なるべく人目を避ける様にして向かっているが、今日と明日は一般人も多い為、完全に人目を避けるのは不可能だ。
なので、先程から数回知らない人に声を掛けられたりもしているが、無視している。
急に前に立ちはだかる者も居たが、じっと顔を見てやると、後ずさってどいてくれる。
肩を掴まれたりしたら少々面倒だが、問題を起こしたものは問答無用で捕まるので、馬鹿な事をしようとする者は流石に居ない。
もしも居たら、正当防衛ということで少々痛い目に有ってもらうことになるだろう。
そんなこんなでランカー用の施設に入ると、流石に俺に話し掛けるような奴は居なくなる。
(邪魔くさいったらありゃしないな)
『ハルナは話題に事欠かないからね。話してみたいって人が多いだろうね』
(俺には理解できんよ……)
さて、執務室に着いたし、いつものようにノックをして反応を待つ。
「どうぞ」
「失礼します」
ジャンヌさんの所と違い、楓さんの所は綺麗なものだな。
あの汚部屋は作ろうとして作れるものではない。
「後少しで空きますので、座ってお待ち下さい。飲み物はあちらにあるので、好きなものをどうぞ」
「分かりました」
最近は寒いのでホット珈琲も良いが、ここはホットココアにでもしておくかな。
自分のを淹れるついでに、楓さんのも淹れておく。
(珈琲も良いが、たまにはココアも良いな)
『私としては、オレンジジュースやグレープジュースとかの方が、好きなんだけどね』
(そればかり買わされてるから知ってるよ)
飲むのは良いのだが、数種類開けて飲むせいで、飲み終わる前に賞味期限が来そうになることが多い。
俺はあまり飲まないし、アクマの体型ではそんなに多くは飲めない。
結果的にミカちゃんの腹の中に消えることが何度かあった。
大容量のを買う俺も悪いかもしれないが、小さいパックだとゴミが増えるからな……。
「お待たせしてすみません」
「大丈夫です。それで、何の用でしょうか?」
アクマと飲み物について話していたら、楓さんの仕事が一区切りついたようだ。
「やはりと言いますか、予想通りと言いますか、各方面からクレームが来まして……」
微妙に濁しながら話す楓さんの話を纏めると、俺とデンドロビウムの戦いを見たお偉いさん方が、流石にアレは駄目だろうと思ったらしく、楓さんに相談したらしい。
最初はこんなハンデでは戦いにならないだろうと、タカを括っていたのに、この手のひら返しである。
まあ、魔法を禁止されない限り、負けることはないだろうからな。
もっと新人らしい戦い方をすれば良かったかもしれないが、気分が乗ってしまったのだ。
終わった後に、アクマにも戦い方について少し怒られてしまった。
既に新魔大戦の場に姿を現してしまっているため、ここで俺が出場辞退ともなれば、荒れるのは間違いない。
とは言っても、これ以上のハンデなど正直設け用がない。
「分かりましたが、どうするつもりですか?」
「そうなんですよね……ハンデの時点であの騒動でしたし、出場辞退も既に無理なので、代案を出せと言っても、皆だんまりでしたからね……」
このままいけば、俺がわざと負けない限り勝つだろうしな。
俺を出したのが悪い。
うーんうーんと楓さんは唸りながら、身体を右へ左へと傾ける。
下手なことをすれば観客が暴動を起こし、かと言って何もしなければ結果が見えている試合となる。
あくまでも、恩があるから出ている俺からしたら、何でも良いから早く終わらせてほしい。
「いっその事仕切り直してバトルロイヤルにします?」
「……許されるんですか?」
「このままだとイニーが勝つことは明白ですし、誰も代案を出してくれませんし、駄目なら駄目で構いませんからね」
まあ、一応魔法局が主催だからな。何かあったとしても楓さんが困ることはないのだろう。
楓さんも鬱憤が溜まっているのだろうな。
「それって承諾されるんですかね?」
「駄目なら優勝者が決まった様な状態のトーナメントが続き、叩かれるでしょうからね。恐らくイニーが承諾すれば、他は問題ないと思います」
まあ、バトルロイヤルとは名ばかりの、1対9になるわけだからな。
間違いなく、最初に俺を倒そうと群がってくるだろう。
それに、敗退したものは優勝のチャンスが貰え、勝っている者たちは勝てないだろう相手と1対1で戦わなくて済む。
俺が逆の立場なら、この条件を飲むだろう。
新人相手の戦いはもの足りないが、1対9なら楽しめるだろう。
『ハルナさんや、それフラグ』
(フラグなぞへし折ってくれるわ!)
杖が無いのは不安材料だが、この程度で負けるようでは魔女を狩るのは夢のまた夢だ。
たまにはフラグ程度折るつもりで頑張らなければならない。
「私は構いませんよ。勿論ハンデもこのままで」
「それについてはどうなるか分かりませんが、了承を得られたという事で、聞いてみますね」
楓さんは端末を取り出してどこかに掛ける。大方魔法局のお偉いさんか、それに連なる者だろう。
楓さんの電話が終わるまでは、休ませてもらうとしよう。
ココアを飲み、クッキーを食べる。
ああ、そうだ。例の事をアクマに話す約束だった。
(試合前の事だけど、アクマの仲間で少年とか居るのか?)
『うーん。見た目は正直当てにならないんだよね。見た目なんて変えようとすれば変えられるし、他に何か情報はない?』
情報と言っても、ほとんど話していないからな。
こんにちはからのさようならだ。
いや、そう言えば去り際に、何か言っていた気もするな……。
(確か選定とか言っていた気がするな)
『チッ! フールか。よりにもよって、あいつが来たか……』
何かアクマがめっちゃキレてるな……余程嫌いなのだろうか?
(どんな奴なんだ?)
『自己中の糞野郎だね。恐らく私たちの中で1番の役立たずだよ』
中々辛辣だな……余程据えかねているみたいだ。
『あいつの事は何も信じちゃ駄目だよ。あいつは名前通りだからね』
(それは明日の事についてもか?)
『……いや、警戒だけはしておこう。私も何となく、襲撃される予感がする』
なるほど、全部が全部出鱈目って訳でもなさそうだ。
「分かりました。決まりましたら、周知の方はお願いします。それでは」
どうやら、楓さんの方の電話も終わったみたいだな。
「どうでしたか?」
「多少渋りましたが、恐らくバトルロイヤルになるでしょう。ハンデについてはイニー以外の出場魔法少女次第との事です」
プライドの高い魔法少女たちが、ハンデを自分たちから望むだろうか?
まあ、どちらでも構わないが、魔女たちの事も考えておかなければならない。
試合中なら俺は関係ないだろうが、閉会式の途中とかなら、俺も参戦して戦いたい。
出来れば後ろから首を落としてやりたいが、流石に無理だろう。
「そうですか……」
「恐らく明日の朝一で連絡がいくと思いますので、頑張って下さいね」
「分かりました。他に用はありますか?」
「あっ、いえ……用はもう……」
「そうですか。それでは失礼します」
楓さんは何か言いたそうにしていたが、精神的に疲れたので、さっさと帰りたい。
コップを片付け、軽く頭を下げてから楓さんの執務室を後にして出口に向かう。
「おや? イニーじゃないか。今帰りかな?」
出口まで後少しという所で、ジャンヌさんに会ってしまった……後少しだったんだけどな。
「はい。楓さんに呼ばれてたので、その帰りとなります」
「そうか。良かったら1杯飲んで行かないか? 珍しい珈琲が手に入ってね。イニーも確か珈琲が好きだっただろう?」
「……行きます」
酒の類いが飲めない今、俺のストレスを軽減するのはカフェインしかないからな……珍しいと言われれば飲んでみたくなる。
あの汚部屋に行くことになったとしてもな。
「それは良かった。恐らくタラゴンが片付けを終えてるはずだから、多少は落ち着いて飲めるはずだ」
ああ、また掃除して上げてるんだ。
タラゴンさんも色々やらかすけど、結構世話焼きだからな。
ジャンヌさんの後について行き、執務室に入るとタラゴンさんが電子ファイルを整理していた。
部屋もそれなりに綺麗になっており、多少は見られたものになっている。
「あら? やっと帰って来たのね。それと、何故イニーも一緒に?」
「偶然会ってね.。珍しい珈琲が手に入ったから誘ったんだ」
「そうなのね。それはそれとして、イニー。あまり派手にやらない方が良いって言ったのに、あれはやりすぎじゃない?」
何故だろう。至極真っ当な事を言っているはずなのに、タラゴンさんに言われると釈然としない。
「……すみません。少し興が乗ってしまって」
「気持ちは分かるけど、そのせいで上はてんやわんやしているから、明日はもう少し気を付けなさいよ」
「その件ですが……」
タラゴンさんに、先ほど楓さんと話した内容を話す。
「なるほどねー。あっ、ジャンヌ。私ミルク多めでね。まあ、こうなってしまったからには仕方ないけど、あまり派手な戦いをしないように気を付けなさい」
「はい」
「お説教は終わったかい? これが約束の珈琲だよ。滅びた国の銘柄を再現したものらしい。確かインドネシアだったかな?」
(インドネシアってどこだ?)
『オーストラリアとベトナムの間辺りにあった国だね。滅びてもう30年位経つみたい』
なるほど、俺が生まれる前の話か。
”始まりの日”から、随分と国や陸地は減ったみたいだからな。全部を覚えるのは流石に無理だ。
さて、先ずは一口いただくとしよう。
「……美味しいですね」
「香りもさることながら、奥深い苦みがあるね。これは当りだ」
「あんたたちよくブラックで飲めるわね」
男性ならともかく、女性でブラックを飲む人は少ないだろうしな。ミカちゃんも、もう飲まないとか言ってたし。
そう考えると、ジャンヌさんは少数側の人間か。
「私としては、珈琲はブラックでこそ輝くと思うんだが、他人の趣向をとやかく言うつもりはないさ」
ああ、カフェインが身体を駆け巡る……アクマによって荒れた心が安らいでいく。
……おっと、ついつい寝そうになってしまった。
ジャンヌさんは、見た目は胡散臭いくせに、結構助けてもらってるんだよな。
回復魔法の事を考えれば、ジャンヌさんも結構闇が深いと思うのだが、今聞くことではないだろう。
「珈琲ご馳走様でした。私はこれで帰ります」
「なに、気にすることじゃないさ。少々特殊な入手経路だから渡せないが、飲みたくなったら、またきたまえ」
「一緒に夕飯でも行きたいけど、私もこれからもう一働き残ってるのよね……明日はちゃんと手を抜くのよ」
これで今日の用事らしい用事は終わりだ。
後は明日どうなるかだな……奴らは本当に襲撃に来るのだろうか?
『そうそう、マリンたちから連絡が、何通か来てるから後で見といてね』
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