魔法少女がいく~TS魔法少女は運が悪いようです~

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魔法少女は死を望まれる

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 タラゴンとイニーフリューリングが空を飛んでM・D・Wに向かって行く姿を、天城と白橿はオペレーター室で静かに見ていた。
 
 作戦として行うとは分かっていたが、実際に飛んでるのを見ると、あの速度で飛んで怖くないのだろうかと、天城は思った。

 そんな見当違いな考えも、M・D・Wから迎撃として放たれた弾幕を見てひっくり返る。

「過去のM・D・Wとは全く別物ではないか!」

「迎撃の開始距離も、その量も倍と言っても良さそうね」

 戦艦に搭載されていそうな、大きな砲弾。様々な色合いの魔法。
 その中を戦闘機みたいに飛ぶタラゴンは、まるでアニメのワンシーンの様だった。

 イニーフリューリングが本体で、それのブースターとしてくっ付いているタラゴン。
 その機動は凄まじいもので、モニター越しといえ、天城は手に汗握る。

 タラゴンがイニーフリューリングを輸送しているとはいえ、何かのミスでM・D・Wの弾幕に直撃でもすれば、その時点で作戦は終わりだ。

 モニターに映る映像は、タラゴン達を斜め上から撮っている様な形になっており、抱えられているイニーフリューリングの様子が今一分からないものとなっている。

『あれだけ急な動きをしてて、気持ち悪くならないのかね?』

「普通の人間なら、速度による負荷で死んでもおかしくなさそうね……」

 妖精局のオペレーターの引くような物言いに、白橿が自分の経験を元に返答する。
 仮に魔法少女だったとしても、普通の神経では気絶しそうな速度と動きだけどね、と心で付け足す。

 その様な映像が数分続き、タラゴンとイニーフリューリングの別れの時間が近づく。

『もうそろそろ離すわよ。準備は良い?』
 
『ええ。何時でも大丈夫です』

 ここまでは作戦の第一段階の前哨戦だ。本番はイニーフリューリング単独になってからだ。

(遂に始まるのか……)
 
 天城は頬にゆっくりと流れてくる汗を拭い、モニターを注視する。
 北関東支部に所属する3人の命もそうだが、もしM・D・Wが世に放たれれば、過去に類を見ない日本の危機となるだろう。

 そしてイニーフリューリングが作戦を成功させれば、1の犠牲により、残りの全員が生きて帰れる。
 それは、簡単なトロッコ問題だった……。

『……生きて帰って来いなんて言わないわ。どうか……、どうか私達の為に、死んでちょうだい』

 モニターから流れてくる音声に、白橿は胸を締めつけられる。嘘でも生きて帰れとは言わず、イニーフリューリングを突き放すような言葉。

 せめてもの償いか? 或いは贖罪か? 恨まれるのは自分だけで良いと、タラゴンは思っているのだろう。

「なあ白橿君。私はさ、魔法少女が資源の様に使われ、無残に死んでいくのを防ぎたいから、魔法局に入ったんだ」

「……はい」

 白橿は天城が優しい口調で話す言葉に耳を傾ける。白橿としても、天城が真面目であり、何とか今の世の中を変えようと努力して来たから、今も一緒に居るのだ。

「それなのに……私は1人の魔法少女が死にに行くのを見守るしかないんだ……何も、出来ていないんだ」

 モニターを見たままの状態で、天城の目から涙が落ちていく。それは内心で荒れ狂う感情とは正反対の、優しい表情だった。

「その気持ちは分かっていますよ。なので、せめて彼女の最後を見守りましょう。それが、私達に出来る、唯一の事です」

 最近は魔法少女関連の問題や事件が日本でも増えてきていた。だが、それが致命的な問題として取り上げられることは殆ど無かった。
 魔法少女が居なければ、とっくに世界は滅んでいるのだから……。

『魔法少女としての責務は果たします。私の名始まりの春にかけて』

『っ! ……後は頼んだわよ!』

 幼い魔法少女が口にするには、あまりにも不釣り合いな言葉。責務や責任と言うものは、大人が持てば良いものだ。子供にはまだ早い……。

 (君の心意気は立派だよ。だが、何故そんな平然としていられる?)

 震える声で語りかけるタラゴンとは裏腹に、イニーフリューリングの声は平坦である。
 
 そのイニーフリューリングが今、タラゴンから射出された。

 タラゴンはそのままUターンで後ろに戻って行き、映像はイニーフリューリングの後ろを捉える。

 そしてイニーフリューリングから翼が生える。
 それは希望を届ける翼となるのか、イニーフリューリングを、天国に届けるための翼となるのか……。或いは撃ち落され、絶望を告げる翼となるのかは、まだ分からない。

 今はただ、見守るしかないのだ。

 タラゴンが輸送していた先程までとは違い、イニーフリューリング単独になってからは、速度と被弾の量が桁違いだった。

 そこには、普通の魔法少女とランカーの圧倒的な差が、浮き彫りになる。

 天城は思わず拳を強く握る。この作戦は本当に成功するのだろうか? イニーフリューリングの覚悟は無駄にならないだろうか?

 イニーフリューリングが回復の魔法を使えるのは周知の事実だ。
 回復魔法があるから、先程よりも回避行動をとらないのだろうと推測する。
 近づくのに時間を掛けるよりも、被弾覚悟で突っ込んだ方が良いと判断したのだろう。

 そのイニーフリューリングの選択が正しかったのだろうと、天城が思うのは直ぐの事だった。
 
『ほぉ。追尾弾も使ってくるのか。ここまでの性能を考えると、イレギュラーSS級~測定不能なのは間違いなさそうだね』

「他のランカーや、他国の方はどうなっている?」

『残念ながら、誰も手が空いてないね。指定討伐種悪落ち魔法少女だったり、こいつM・D・W並みに厄介のが出てたりで、空きはないよ』

 まあ、空いてたところで助けられる魔法少女は居ないだろうけどね、と付け足す。

 そんな事は分かっているが、天城は少しでも事態を改善できる可能性があるのなら、何かをしたかった。

 そんな大人達の葛藤の最中、ついにイニーフリューリングがM・D・Wに接敵する。

 ただでさえボロボロだったローブは、幾多の被弾により、白い場所を探す方が難しい。
 天城達からは表情を窺うことができないが、蒼白なのは確かだろう。
 
 戦いが始まる前から満身創痍の彼女が、本当にM・D・Wに勝てるとは、モニターを見ている者達は誰も思っていない。

 これまでのイニーフリューリングの言動や態度は、尊敬出来るものだった。強大な敵に1人で挑む。物語として考えるなら、これ程心躍るものはないだろう。

 だが、その1人が負けた場合は、どうなるだろうか?
 今回で例えるならば、タラゴン以外の死亡といった形になるだろう。

 どれだけ威勢がよかろうが、結果が伴わなければただの犬死にとなってしまう。

 (さあ、ここからどうするんだ?)
 
 天城はそんなイニーフリューリングを、ジッと見続ける。

 白く光輝く翼を羽ばたかせ、M・D・Wに向かうイニーフリューリングの背中が黒く煌めきだす。

 白い一対の翼の下から、更に黒い翼が生え始める。
 白と黒の翼はまるで、不安定なイニーフリューリングの心を、映し出している様に白橿は感じた。
 
 そしてイニーフリューリングの戦いが始まる。

 タラゴンに輸送されていた時の様な急加速や回避しながら、迎撃に現れた魔物や、砲台を破壊していく。

 確かにM・D・Wと戦うことは出来ている……だが……。

 「圧倒的に、手数が足りていませんね」

 展開されてる魔法は様々だが、魔物や砲台に対して決定打となるのは少ない。

『あの召喚されてる魔物は、A級やS級ばかりみたいだね。A級は何とかなってもS級は難しそうだ』

 妖精局のオペレーターが言う通り、砲台はそれなりに壊せているが、魔物はあまり減っていない。

 前回現れたM・D・Wが迎撃用に召喚した魔物の最高はB級だった。
 仕方ないこととは言え、やはり無茶があると天城は思う。

 そんな時、モニターの映像が急に切り替わる。
 
『あれ、おかしいな? 何もしてないのに映像が変わったぞ』

「あれはマリン達ではないか! それに、何故魔物が此方にも現れている!」

『相手は変異種だからね。何をしてきてもおかしくないけど、どうして映像は切り替わったんだろう?』

 映像が切り替わった事よりも、マリン達の危機的情況に驚く天城達。

 映像では既にブルーコレットが倒れ、スターネイルとマリンが必死に戦っている。

『向こうに比べると魔物は弱いけど、それでもB級ばかりか。正直こっちの方が不味そうだね』

「くっ! 流石にタラゴンも戻れてないわね」

 情況の悪さに白橿は、爪を噛みながらぼやく。
 出来の悪い2人と優秀なマリンだが、どちらも白橿にとっては妹みたいなものだった。

 このままではイニーフリューリングの頑張りも、タラゴンの作戦も全てが無駄になってしまうと考える中、更に情況が悪くなる。

 スターネイルが魔力切れで弾を撃てなくなり、魔物の攻撃が直撃したのだ。

「嘘! そんな……ああ、このままじゃあ……」

 3人で何とか戦っていた中、残されたのはマリンただ1人。この後起きる惨状を思い、白橿は取り乱してしまう。

 無論天城も内心穏やかではないが、膝を折り、泣いて、叫んだおかげで白橿よりは冷静でいられた。
 
 北関東支部が悲壮に包まれる中でも、マリンは1人で足掻く。それは作戦のためか? それとも約束のためか? そして……マリンの刀が折れる……。

「終わり……か」

『負けない。まだ、負けるわけにはいかないのよー!』

 天城の呟きが先だったのか、マリンの決意が先だったのか。それはもはやどうでもいい。
 ただ分かるのは、”奇跡”が起きた……いや、”想い”が力となったのだ。

「そう。あの子は至ったのね……」
 
 もう終わったと思い、涙を流していた白橿が、姿の変わったマリンを見て感慨深げに呟く。
 自分ですらなれなかった強化フォーム覚醒、それをこんな土壇場で成功させるなど、奇跡としか言いようがない。
 
『ククッ。素晴らしいね。これは、普通ではあり得ない事だよ。何が彼女を駆り立てたんだろうね~』

 妖精局のオペレーターは愉快そうに笑う。最近の魔法少女の不祥事ばかりが目立つ中で起きた喜ばしい珍事。
 彼女は魔法少女の未来に、必要になる可能性がある。こんな絶望的な状態から希望を見出す。良い魔法少女だ、と妖精は笑う。

 そうして、タラゴンが合流する。

 そこからの戦いは、誰が見ても安心できるような形で進む。
 前衛を張るマリンと援護するタラゴン。2人の戦いは砲撃が止むまで続いた。

「砲撃が見えなくなったな」

「まさか本当にやれたというの?」

 モニターにも映っていた砲撃が止んでおり、魔物が塵となっていく。
 それはイニーフリューリングが作戦の第二段階を成功させた証拠だった。

 しかしどうやって成功させることが出来たのかは、誰にも分からない。映像が切り替わる前のイニーフリューリングでは作戦遂行など、夢のまた夢と言ってよい状態だった。

『う~ん。映像が切り替わったのもそうだけど、何故か映像の管理が出来ないね。イニーフリューリング側も見たいのにね』

 それはこの場に居る全員が思っていることだった。
 モニターにはタラゴンと強化フォームを解除したマリンが映し出されており、タラゴンが最後の準備を始めた所だった。

「本当にM・D・Wを倒せるのか?」

 都合の良い夢でも見ているのはないかと、天城は頬を抓るが、頬に痛みが走る。死地で覚醒したマリンと、不可能だと思われていた、M・D・Wの討伐に王手を掛けたイニーフリューリング。

 北関東支部にとって……日本にとっては喜ばしい事だった。
 
 このままいけば、結界に閉じ込められていた一般人を犠牲無く救う事ができる。所属魔法少女も怪我はしたが、犠牲無く討伐を終えられる。

 そこに、イニーフリューリングだけは入らない。元々決まっていた作戦だ。
 今彼女がどうなっているかは誰にも分からないが、無傷ではないだろうことは皆分かっている。

 無事でいてくれなんてことは、誰も考えていない。ただ、作戦の成功だけを祈る。

 そして空に魔法陣が描かれる。M・D・Wから50キロ離れている場所からでも見える、巨大な魔法陣。
 それはイニーフリューリングが最後に使うだろう魔法の為に、準備をしたと思われるものだった。

(ありがとう。イニーフリューリング。君の事は決して忘れない)

 天城は目を閉じ、心の中でそうつぶやく。
 
 モニターは光に包まれた……。
 
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