魔法少女がいく~TS魔法少女は運が悪いようです~

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魔法少女タラゴンの涙とマリンの想い

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 作戦開始の時刻となり、イニーフリューリングと2人きりになったタラゴンは、表情の変わらない彼女を見て、胸が締め付けられる。

 自分の半分も生きていないであろう彼女は、死地を前にして何を考えているのだろうか?

 タラゴンと彼女が共有した時間は少ない。お茶会で初めて会い、シミュレーションで死闘を繰り広げた。
 多少手を抜いていたとはいえ、最後は本気だったタラゴンに、重傷を負わせる実力。
 それが自滅によるものだったとしても、タラゴンは驚いた。

 他のランカーとは違い、実際にイニーフリューリングと戦ったタラゴンは、彼女の本質を少し理解できた気がしていた。

 恐らく、あの時の彼女はタラゴンを倒す事を先頭に置き、それ以外の要因は全て排除していた。シミュレーション上とはいえ、その痛みは本物と違わない。

 その中で彼女は腕が吹き飛ぼうが、足が吹き飛ぼうが、表情一つ変えずに、タラゴンに向かってきた。

 狂犬と呼ぶにはあまりに冷静で、人間と呼ぶにはあまりに冷たい表情。少女の形をした

 だが、その中にある熱い思いも、タラゴンは感じた。

 だから、今回の作戦を彼女に託そうと思った。
 その結果、彼女の未来が無くなる事になろうとも……きっと、彼女はこの任務仕事をこなしてくれるだろう。

 だから、せめて私を恨んでほしい。1の犠牲によるその他全ての生還を選ぶしかない、不甲斐ない私を……。

「こんなことになってごめんね。どうか、私を恨んでちょうだい」

「恨みませんよ。それじゃ、お願いします」

 イニーフリューリングの変わらない無表情から、恨んでいないのだろうと推測できる。
 まるで与えられた仕事を黙々とこなす大人の様な態度。
 全てを諦めきっている様な、濁った眼。

 シミュレーションで戦った時と変わらない態度に、タラゴンは少し寂しくもあり、悲しくもあった。
 ならば、私は私にできる事をやろうと、タラゴンは気を引き締める。
 
 「いくわよ。吐かない様に気を付けなさい!」
 
 イニーフリューリングを抱えたタラゴンは空を飛ぶ。
 そしてM・D・Wの迎撃が開始された。

 タラゴンが最初に驚いたのは、推定してた距離よりも早く迎撃を開始された事と、その弾幕量だった。

(これは……後ろの3人辺りまで届きそうね。私が帰るまで持てば良いけど)

 防衛は建前程度の認識だったタラゴンは、念のためとはいえ対策をしておいて良かったと考えた。
 ただの留守番を3人に頼んで、無防備な状態で弾幕の流れ弾を食らったら、目も当てられないだろう。

 最高速度ではなく、弾幕を避けたり、迎撃できる余裕を持ってタラゴンは突き進む。
 
 弾幕の中の最も大きく、早い弾がタラゴン達に当たりそうになる。

 それを余裕を持って横に回避をした後は、最小限の動きと被弾をしないように意識して進む。

 上に下に避け。迎撃し、避けきれないものは最小のダメージに抑えるように意識し、一秒でも早くイニーフリューリングを届けるため……。
 
風よ。我が道を作れウィンドロード

 タラゴンは抱えている、イニーフリューリングが魔法を唱えるのが聞こえた。
 タラゴンの負担を少しでも軽減させるために、唱えられた魔法だ。

 こんな状況でもしっかり援護してくれるイニーフリューリングに、タラゴンは少しだけ笑った。
 
(ふふ。あなたって、結構優しい子ね)

 自分が発している熱とは違う温かさをイニーフリューリングから感じた。タラゴンは、その温もりを忘れないように、少しだけイニーフリューリングを抱える力を強める。

 そして、別れの時間が近づく……。

 強まる弾幕を捌きながら、M・D・Wまでの距離が15キロを切る。
 
「もうそろそろ離すわよ。準備は良い?」
 
「ええ。何時でも大丈夫です」

 ここで別れれば、もう会うことは無いだろう。作戦の結果に関わらず、イニーフリューリングが助かるとはタラゴンは思っていない。
 
 
「……生きて帰って来いなんて言わないわ。どうか……、どうか私達の為に、死んでちょうだい」

 自分の為でもあり、死に行く彼女に送れる、最後の言葉。
 せめて自分の責任で……自分が全ての咎を背負うために出た言葉だった。

 「魔法少女としての責務は果たします。私の名始まりの春に懸けて」

(小さくて、不思議で不気味な子なのに、かっこいいわね)

 あふれる想いが、タラゴンの目から一滴の涙となって零れ落ちる。
 
「っ! ……後は頼んだわよ!」

 イニーフリューリングに泣いてるのがバレないように、大声で叫ぶ。
 最後くらいは先輩魔法少女として、カッコつけたいから。
 泣いてるのがバレたら、きっと笑われてしまう。

 そしてタラゴンは自分の能力で、イニーフリューリングを射出した。

 飛んでいくイニーフリューリングを見送ることなく、タラゴンはUターンで、3人の魔法少女が待つ廃墟に戻る。

 タラゴンは今回のM・D・Wが普通ではないのが、痛いほどよく分かった。

 間違いなく、後方でも問題が起きているはずだ。
 この作戦は1以上の犠牲を出してはいけない。
 
 だから、タラゴンは急ぐ。今も頑張っているイニーフリューリングの犠牲を無駄にしないためにも……。

 
 タラゴンが懸念していた弾幕の飛来は、防衛地点すら飛び越えていたため、弾幕による被害は殆ど起きていなかった。

 しかし弾幕の代わりに、もっと恐ろしい事が、防衛地点では起きていた。

 タラゴン達を見送った3人は、タラゴンが指定した場所で待機していた。

 タラゴンは作戦開始前に地下に空間を作り、そこに一般人達を避難させた。
 地下への出入り口に3人を待機させ、防衛させる作戦を立てたのだ。
 
「なにあれ……あんなものの中を飛んでってるの? やばすぎない?」

 遠目に見える弾幕を見て、ブルーコレットが感想を零す。
 自分達3人ではどうしようもないと言っていた、タラゴンの言葉の意味が理解できた。

 あんな攻撃弾幕を捌きながらM・D・Wに近づくなんて不可能だ。

(あんなのを倒すことなんて、本当に出来るの?)

 弾幕の流れ弾が、マリン達より離れた廃墟に当り、大きな音を立てる。まともに当たればそれだけで戦闘不能になりそうな威力を見て、マリンは不安を募らせる。

 何時流れ弾が向かって来ても良いように身構える3人だったが、流れ弾と同等位大変な事が起きようとしていた。

「あれは……嘘! 魔物! タラゴンさんはそんなこと……」

 廃墟から出て来るかのように現れた数体の魔物。それはM・D・Wが召喚した魔物だった。
 M・D・Wの特性として、魔物や魔法少女を取り込み、己の力に変える。

 手が届く範囲に丁度良い餌があったのだ。これに手を出さない理由はない。
 
「出たからには倒さなければなりません。私が前に出ますので、援護をお願いします」
 
 マリンは驚いて固まっている2人を尻目に、突如現れた魔物に向かう。

 マリンは様子見程度で刀を振るうが、あっさりと避けられてしまう。そこから追撃もするが、他の魔物に邪魔をされる。
 
(速い! それに強いわね……)
 
 雑魚程度なら容易く葬る事が出来る斬撃を避けられ、マリンは魔物の危険度を上げると共に、状況の悪さから、冷や汗を流す。

 魔物が1体2体程度なら問題はない。しかし魔物は、砂糖に群がる蟻の様に、マリン達に向かって来ている。

 マリンは余力を残して戦うよりも、タラゴンが帰ってくるまで耐える戦い方に切り替える。

 マリンの刀を握る手に力が入る。

 私達が、私が守らなければ、イニーフリューリングの犠牲が無駄になると、自分を鼓舞する。
 
「弧月!」

「マリンばかりに良いカッコさせないよ! クラスターバレット!」

「遊撃は私がやるわ。螺旋槍!」

 スターネイルが牽制し、ブルーコレットが隙を作り、マリンが倒す。

 これは、北関東支部の白橿しらかしが考案した3人の戦い方だった。

 一撃は重いが、継続性に難があるマリン。
 射撃の速度と範囲はあるが、火力が微妙なスターネイル。
 火力はそこそこだが上位を倒すのに難があり、手数だけは多いブルーコレット。

 作戦開始前には多少のわだかまりがあったが、魔物を前にすれば、戦うのが魔法少女だ。

 戦わなければ生きていけない。倒さなければ殺されてしまう。
 それが、今の世界なのだ……。

 そして今回は相手が悪かった。

 イニーフリューリングが相手しているのはA~S級だが、マリン達が相手しているのは最大でもB級だ。

 それでも普通の魔法少女には荷が重く、数が多いのも問題だった。

 最初に崩れたのは。遊撃に回っていたブルーコレットだった。
 足元から撃たれた土の槍が、腹に直撃して後方に吹き飛び、そのまま動かなくなってしまった。
 次にスターネイルが魔力切れとなり、その隙を魔物に突かれ、腕に怪我をしてしまう。

 残されたマリンもあまり良い状態とは言えなかった。
 戦闘時間としては長くないが、敵の数と強さが、3人の予想よりも上だった。

 幸い一般人達を避難させている地下には、まだ魔物を通していないが、それも時間の問題だろう。

 その前に、3人が生き残れるのかは分からない。
 
 1人だけとなって戦うマリンは、蜘蛛型の魔物と戦った時のことを思い出していた。
 あの時の戦いは、マリンにとって生涯忘れられないものだった。
 
 一言で言えば、助けられただけだ。それが普通ではあり得ない事なのだが……。

 濁った眼をした魔法少女。イニーフリューリング。
 マリンの命の恩人である魔法少女が、自分達よりも絶望的な相手と戦っているのだ。
 
 あの時は諦めてしまった。だから今度は諦めない。

(私は……)

 マリンは残り少ない魔力を振り絞り、刀を振るう。

(私は!)

 約束したのだ。帰りを待つと。帰ってくるのを信じると。

 魔物に当たった刀が折れる。まるでマリンの心の様に……。

 その瞬間マリンの脳裏に死の1文字が浮かぶ……。
 刀の先端が音を立てて地面に転がる。

 魔物は爪の生えた腕を振りかぶり、マリンに……。
 
 
(まだよ! まだ戦える! 私は二度と折れたりしない!)

 その想いは奇跡を起こす。

 マリンは知っているのだ。

 ことを……それを彼女に教えてもらったのだ。

「負けない。まだ、負けるわけにはいかないのよー!」
 
 その慟哭に反応するように、折れた刀の先から光輝く刀身が伸びる。
 マリンの黒い髪が白く染まり、風前の灯火だった魔力が回復する。

 マリンは折れて下を向いていた刃を返し、魔物を両断する。

「嘘……マリン、あなた……」
「覚醒……したんだ」
 
 傷つき戦うことのできない2人の顔が驚愕に染まる。
 その姿は、普通ではありえないものだった。
 
 マリンは魔法少女としてのステージを一つ上がったのだ。
 それは強化フォーム覚醒と呼ばれるものだった。

 魔法少女の上澄みの一部がなることができる、特別な状態。
 それに若手であるマリンが至れたのは、奇跡と呼べるだろう。

 ……いや、想いが引き起こした必然だったのかもしれない。
 
 タラゴンが合流したのは、そんな時だった。

 上空から魔物を確認していたタラゴンは、周囲の魔物を爆発魔法で倒し、マリン達と合流した。

 タラゴンは倒れてる2人と、姿の変わったマリンを見て驚く。
 それは魔物から一般人を守りきれた事もだが、一番はマリンだ。
 タラゴンからしたら、マリンがその姿強化フォームになれるとは思えなかった。

 強化フォームがそんな簡単になれるものではないのを、タラゴンは良く知っている。
 どうして強化フォームに成れたかを知りたいが、今はそれよりも大事なことがある。

「後は私に任せて、3人は地下に行きなさい」

「私は残ります。あの子イニーフリューリングとの約束を守りたいんです」

 タラゴンは考える。今の状態のマリンならB級程度の魔物に負ける事は無いだろう。だからと言って無茶をされるのは困る。

(約束ねー……)

 魔法少女は想いが強ければ、強いほど良い。マリンならイニーフリューリングの代わりに成れるかもしれない。ならば、ここで試すのも面白いとタラゴンは考える。
 何かあれば自分が対処すれば良いと考えながら……。

「無茶はしないでね。多分だけど、砲撃が止む頃には魔物もいなくなると思うわ。それまで頑張りましょう」

 タラゴンはM・D・Wの特性から、魔物が此方に現れた原因を推測する。恐らく、余力があるから餌となる魔法少女にちょっかいを出しているのだろう。
 その余力がなくなれば、魔物が現れる事は無くなるだろうと。

 つまりはイニーフリューリング次第となるのだ。

「はい! 前衛は私がやります」

「良いわ。あなたの力を見せてちょうだい」

 そこからの戦いは先程3人で戦っていた時とは雲泥の差だった。
 1体を倒すのに全力が必要だったマリンは、今は数体を纏めて切り刻める程強くなっており、マリンが対処できない場所はタラゴンがカバーをする。

 その戦いは砲撃が止むまで続いた……。
 大勢居た魔物が突然、塵となって消えたのだ。

「やっぱり魔物が来なくなったわね」

「はぁ……はぁ。イニーフリューリングがやってくれたのでしょうか?」

「でしょうね。後は彼女がM・D・Wを破壊してくれれば……」

 そう。M・D・Wが破壊されれば、その自爆にイニーフリューリングが巻き込まれるだろう。
 そして、それの意味する事がマリンは分かっている。

「大丈夫ですよ。きっと……。きっと、なんて事の無い顔をして、帰ってきますよ」

 あれだけの威力のある砲台を壊せただけでも、魔法少女としてしては凄い事だろう。
 マリンは、今の状態でもイニーフリューリングの様に弾幕を搔い潜り、砲台を壊す事なんて出来ないと思っている。

 マリンは両目から流れる涙を抑えようともせず、イニーフリューリングが戦っている、M・D・Wの方を見据える。

(約束……したんだから)

 視線を逸らし、強化フォームが解けたマリンはふらつきながら地下に向かう。

 地上にはタラゴンだけが残り、最終作戦の時を待つ。
 砲撃は止んだ。後はイニーフリューリングがM・D・Wを破壊するのを待つのみ。
 
 タラゴンが空を見上げていると、その空を覆いつくさんばかりの魔法陣が展開されたのだった。
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