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魔法少女を見守る大人達
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「一体どうなっている!」
S級の警報を受けた魔法局北関東支部は、喧騒に包まれた。いや、警報を受けた時は問題無かったのだ。
魔法局北関東支部の局長である天城は警報を受けると、所属魔法少女である3人に連絡を入れ、直ぐに派遣した。
再教育から戻って来た2人と、同世代の魔法少女の中では真面目であり、有望株であるマリン。
出来れば他からも応援を頼みたかった天城であったが、他の支部と北関東支部は仲が悪い。
正確には左遷先である北関東支部は、他から侮られている。
不祥事の際にも、マリンがB級以上の討伐をする時に応援を頼むのに苦労した。
S級が予想されるとはいえ、これ以上借りを作るのは、天城としては遠慮したかった。
それと今日の待機人員であるランカーが、タラゴンだったのもあり、人を増やさなくても大丈夫だろうと考えた。
タラゴンは過去に2度の大きな戦いで、犠牲を出す結果となったが、それ以外では好調な成績を残している。
S級の討伐に同行する魔法少女は、眷属の魔物の討伐を担当する。
一般的には勉強と呼ばれており、将来の為に討伐に参加する。
強ければA級も現れるし、運が良ければ雑魚ばかりが現れる事もある。
なので未熟な魔法少女が運悪くA級の魔物に当たれば、結果は言わなくても分かるだろう。
勿論1対1ではなく、複数の魔法少女が居たとしても、犠牲を出さずに討伐をするのは難しい事が多い。
ランカーの魔法少女も手助けをするが、これは未来の為に行っていることでもある。
下手な手助けは、世界の滅亡を早めるだけになってしまう。
ランカー達は例え死ぬと分かっていても、見て見ぬ振りをする事が多い。
だが、タラゴンはグダグダ文句を言いながらも、S級討伐は勿論、それに付随する勉強も犠牲を出さずに解決していた。
だから、天城は油断していたのだ。
(彼女が居てくれれば、大丈夫だろう)
そう考えてしまった。相手はS級といってもランカーには雑魚と変わらない。日本としては珍しいが、問題なく討伐は終わるだろう。天城が見る支部のモニターには、タラゴンと合流した3人が映し出されている。
魔物の出現ポイントまでは少し距離があり、時間に少し余裕が出来た天城は一服しようと、席を立ったその時だった。
魔法少女達の姿が歪むようにして、消えてしまったのだ。
「馬鹿な! 何が起きた!」
「魔法少女4人ロスト! また、付近の避難中の一般人も姿が消えた模様! 恐らく結界によるものです!」
オペレーターの報告を受け、天城はこれまでの魔物の情報をパソコンで調べ上げて。
該当したのは3件。しかしその内2件はSS級となっている。
だが、残りの1件も結界を使いはするが、範囲は狭い物だった。
魔物の出現ポイントから、タラゴン達が居た場所まで3キロ程。パソコンに映し出される情報では半径100メートル程だった。
それも、妖精の結界よりも先制して結界を展開し、魔物にとって有利なフィールドを展開すると言ったものだ。しかし、その魔物によってもたらされた被害は相当なもので、この魔物は特殊S級超大型魔物《特S級》の区分に分類された。
そしてその相手は、タラゴンとは切っても切れない因縁の相手である。
天城は可能性として特殊個体の可能性を考え、直ぐに妖精局に連絡を入れる。
「此方魔法局北関東支部局長の天城。応答願います!」
『ああ天城さんね、そっちも見てたと思うけど、ちょっと予想外の事がこっちでも起きてね。今回はかなりやばいかもしれない』
オペレーター室の大きなモニターに映し出される、妖精局は大量の要請が飛び交い大慌てとなっていた。
その理由は魔物の結界が展開された時に、妖精側の結界が取り込まれてしまったからだ。
これにより、結界の主導権が魔物側となってしまい、制御不能となってしまった。
魔物の死か、中の魔法少女が死なない限り、結界の内側に入る手段がなく、何時もなら映像が取得できるのに、今は出来なくなっている。
だから妖精局が現在調べている情報の一部を貰った天城は叫ぶことしか出来なかった。
「一体どうなっている!」
『そうは言ってもね。恐らくタラゴン以外の生存者は絶望的と言っても良いよ。前現れた奴の強化版だとすると、最後のあれはタラゴン以外防げない』
妖精局側のオペレーターは、調査班から上がって来た情報をそのまま天城に伝えた。
現在妖精局が把握している情報は、魔法少女4人と一般人31人が取り込まれていること。今回の魔物が、マザー・ディザスター・ウォール《M・D・W》で確定したことだ。
それを元に妖精局のオペレーターが出した答えがこれだ。
タラゴン以外は誰も助からない。
「あの子達は……あの子達は助からないと言うのですか?」
『1位か5位。せめてもう1人誰か居れば可能性はあるけど、一般人を含め、誰も助からないだろうね。場合によってはタラゴンさえもね……』
それを聞いた天城は、膝から崩れ落ちる。
魔法局の腐敗を正そうとして、頑張ってきた天城は上に煙たがられて北関東支部に左遷されて来た。
最初は問題児のスターネイルとブルーコレットだけだったが、知り合いの紹介からマリンが所属となった。
問題ばかりの中、マリンと問題児2人のフォロー役である白橿の手を借りて、何とか致命的な失態を起こすことなく、局長としての責務をこなしてきた。
それにケチが付いたのは、1ヶ月前の事だった。
遂に問題児2人が一般人を巻き込んだのだ。
白橿が何とかやっていた火消しも、この件ではできず、妖精局からの介入もあり、マスコミや他の支部や本部からも袋叩きにされた。
その後も危うくマリンを失いそうになったり、帰ってきたスターネイルが情緒不安定になっていたり、問題は尽きない。
それでも、ここからまた再出発できると、天城は考えていた。
(俺もここまでか……。俺には結局救うことはできないのか)
失意の中、全てを諦めようとしたその時だった。
モニターの方から、何やら驚きの声が聞こえたのだ。
『結界の中から新たな魔法少女の反応? パターンは……イニーフリューリング!?』
天城はその魔法少女の名前を知っていた。
流星のごとく現れ、驚異のスピードで魔物を討伐し、ランキングを駆け上がった魔法少女。
何よりもマリンを助けてくれた北関東支部の、天城の恩人と言ってもよい魔法少女だった。
そんな魔法少女が絶望的だった、この状況で現れたのだ。
本当に僅かだが、天城の心に希望が宿った。
『天城局長。此方は今、大至急結界の解析と映像の回復に努めているので、其方から魔法局本部に、今の状況を連絡しておいて下さい』
「分かりました。よろしくお願いします」
そこからの天城の対応は早かった。緊急回線で本部に連絡を入れ。絶望的な状況と、現在分かっている情報を伝えた。
こんな時に借り貸しなどは気にせず、天城は下げられるだけの頭を下げて、若しもの備えとしての増員を依頼した。
また休暇中である白橿にも連絡を入れ、直ぐにオペレータ室に来てほしいと、お願いした。
出来る限りの備えをし、後は妖精局からの連絡を待つだけとなった。
それから30分後には追加の魔法少女が現場に到着し、状況の変化を待つ形となり、更に30分後には白橿がオペレーター室に到着した。
更に2時間後、事態は動いた。
『映像回復! ランカー用の通信は……繋がらないか。とりあえず、そちらにも映像を回すよ。向こうの音声も、多分拾えるはずだ』
妖精局と繋がったままになっていたモニターから返答があり、ついに結界の中を見る事が出来るようになった。
それは丁度、タラゴン達が作戦会議を行っている時だった。
最初に映し出されたのは遠くに薄っすらと見える、M・D・Wだった。
それは天城が過去に見たM・D・Wとは雰囲気が似ているだけで、全くの別物と言って良い物だった。
『M・D・Wの変異種だと思ってたけど、あれはただの変異種とは違いそうだね。正確に計測は出来ないけど、イレギュラーにランクアップしててもおかしくなさそうだ』
「あれがM・D・Wだというの? 全くの別物じゃない!」
映像を見た白橿は、ただ叫ぶことしか出来なかった。
白橿は元魔法少女であり、引退を機に魔法局務めとなった女性だ。
過去の経験を活かして、魔法少女達のサポートやメンタルケアなどを行っている。
その過去の経験から、白橿はあれには勝てないと悟った。
妖精局側のオペレーターが言ったように、もう1人ランカーが居れば変わったかもしれないが、結界の中に居る魔法少女はたったの5人。
内3人の実力を、白橿は良く知っている。タラゴンも白橿の活動時期と被っていた為、強さを把握している。
だから、白橿が知っている4人ではどうしようもない。
恐らくタラゴン1人ならM・D・Wを討伐出来るかもしれないが、それ以外生き残れないだろう。
そもそも、あのM・D・Wにタラゴンが絶対に、勝てるとも限らない。
M・D・Wがイレギュラーにランクアップしてるなら、タラゴン1人では荷が重すぎる……。
白橿が可能性の模索をしていると、映像が切り替わり、5人の魔法少女が映し出される。
映像はイニーフリューリングの後ろから撮っている様になっており、彼女の素顔は見えないままとなっていた。
白橿は天城からの報告を思い出す。
(そう言えば、結界の内の魔法少女は5人だったわね。あの汚れてるローブを着ているのが、例のイニーフリューリングね)
その時、悲痛な表情をしたマリンの声が映像から流れた。
『それは……彼女は助かるんですか?』
タラゴンのきつく握られた拳。
集まって作戦会議をしているのは雰囲気から察することは出来るが、今の一言では作戦を知る事は出来ない。
「どんな作戦だと思います? 天城局長」
白橿は隣に座り、眉間に深いしわを作っている天城に聞く。
「タラゴンと共にM・D・Wに突っ込ませるのか、或いは1人で防衛を任せるのか……」
天城が考えた作戦は常識の範囲内の作戦だが、マリンが言った「助かるんですか?」からはズレている様に感じた。
『彼女はシミュレーションとは言え、私に重傷を負わせる程の実力があるわ。あなたもそうだけど、他の2人ではM・D・Wを倒すのは不可能よ』
どの様な作戦だろうと考えていた2人は、そのタラゴンの発言を聞いて驚いた。
「あのタラゴンに重傷を負わせたのか! どんな化け物だ……」
「私、開幕の一発で倒された記憶があるわ……」
普段は頼りになるタラゴンだが、シミュレーション上での戦いの悲惨さは、魔法少女や魔法局では有名だった。
設定は全てデスマッチ。痛覚の軽減もしない戦いは幾多の魔法少女の心にトラウマを植え付けた。
勿論タラゴンのしごきに耐えた魔法少女は頭角を現し、A級やS級とも戦える猛者となる者が多い。
そんなタラゴンだが、シミュレーション上とはいえ、殆ど怪我をするのを見られたことがない。流石にランカー同士となると話は別だが、それ以外ではあってもかすり傷程度だ。
そんな相手に重傷を与えたと聞けば、驚かないはずもない。特に白橿は過去にタラゴンとシミュレーション上で戦ったことがあるので、その凄さが身に染みて分かった。
そして、作戦の全容がタラゴンから話された。
「全てを救うとなると、これしか可能性がないが……」
「それでも可能性は1割どころか1%もあれば良い方でしょう。仮に成功しても彼女は……」
1の犠牲によるその他全ての生還。それが、タラゴンが考えた作戦だった。
本音を言えば、全てが救われる作戦が最上だ。だが、そんなものは空想だ。如何に犠牲を少なくし、それ以外を救えるかを考えるしかないのだ。
今回はその人柱に、イニーフリューリングが選ばれただけの話だった。
「そう言えば、マリンって彼女に助けられたんでしたっけ」
「ああ。私や君が忙しくて、オペレーター室に居なかった時に起きた事件だったからね。あの時の映像を見た時は肝を冷やしたよ」
「そんな彼女に、また救われようとしてるのね……」
天城と白橿の間にしんみりとした空気が流れ、イニーフリューリングに対する恩に潰されそうになる。
彼女が居なければ、マリンの時に北関東支部は潰れていた可能性すらあった。
そんな彼女が、その身を賭してM・D・Wの単独討伐に向かおうとしてるのだ。
『作戦成功確率は驚異の0%だね。小数点以下になら数字がいるけど、誤差みたいなものだね』
一緒に映像を見ている、妖精局のオペレーターが空気を読まないで発言する。
「だが、私達はそれに賭けるしかないんだ」
妖精局のオペレーターに激昂するでもなく、冷静に言葉を返す。
例え0%と言われても、小数点以下に数字があるのならば、それは0ではない。
ああ。イニーフリューリングよ。どうか、M・D・Wを討伐してくれ。私達に希望を……。
そして、タラゴンが考案した作戦の第一段階が始まる。
S級の警報を受けた魔法局北関東支部は、喧騒に包まれた。いや、警報を受けた時は問題無かったのだ。
魔法局北関東支部の局長である天城は警報を受けると、所属魔法少女である3人に連絡を入れ、直ぐに派遣した。
再教育から戻って来た2人と、同世代の魔法少女の中では真面目であり、有望株であるマリン。
出来れば他からも応援を頼みたかった天城であったが、他の支部と北関東支部は仲が悪い。
正確には左遷先である北関東支部は、他から侮られている。
不祥事の際にも、マリンがB級以上の討伐をする時に応援を頼むのに苦労した。
S級が予想されるとはいえ、これ以上借りを作るのは、天城としては遠慮したかった。
それと今日の待機人員であるランカーが、タラゴンだったのもあり、人を増やさなくても大丈夫だろうと考えた。
タラゴンは過去に2度の大きな戦いで、犠牲を出す結果となったが、それ以外では好調な成績を残している。
S級の討伐に同行する魔法少女は、眷属の魔物の討伐を担当する。
一般的には勉強と呼ばれており、将来の為に討伐に参加する。
強ければA級も現れるし、運が良ければ雑魚ばかりが現れる事もある。
なので未熟な魔法少女が運悪くA級の魔物に当たれば、結果は言わなくても分かるだろう。
勿論1対1ではなく、複数の魔法少女が居たとしても、犠牲を出さずに討伐をするのは難しい事が多い。
ランカーの魔法少女も手助けをするが、これは未来の為に行っていることでもある。
下手な手助けは、世界の滅亡を早めるだけになってしまう。
ランカー達は例え死ぬと分かっていても、見て見ぬ振りをする事が多い。
だが、タラゴンはグダグダ文句を言いながらも、S級討伐は勿論、それに付随する勉強も犠牲を出さずに解決していた。
だから、天城は油断していたのだ。
(彼女が居てくれれば、大丈夫だろう)
そう考えてしまった。相手はS級といってもランカーには雑魚と変わらない。日本としては珍しいが、問題なく討伐は終わるだろう。天城が見る支部のモニターには、タラゴンと合流した3人が映し出されている。
魔物の出現ポイントまでは少し距離があり、時間に少し余裕が出来た天城は一服しようと、席を立ったその時だった。
魔法少女達の姿が歪むようにして、消えてしまったのだ。
「馬鹿な! 何が起きた!」
「魔法少女4人ロスト! また、付近の避難中の一般人も姿が消えた模様! 恐らく結界によるものです!」
オペレーターの報告を受け、天城はこれまでの魔物の情報をパソコンで調べ上げて。
該当したのは3件。しかしその内2件はSS級となっている。
だが、残りの1件も結界を使いはするが、範囲は狭い物だった。
魔物の出現ポイントから、タラゴン達が居た場所まで3キロ程。パソコンに映し出される情報では半径100メートル程だった。
それも、妖精の結界よりも先制して結界を展開し、魔物にとって有利なフィールドを展開すると言ったものだ。しかし、その魔物によってもたらされた被害は相当なもので、この魔物は特殊S級超大型魔物《特S級》の区分に分類された。
そしてその相手は、タラゴンとは切っても切れない因縁の相手である。
天城は可能性として特殊個体の可能性を考え、直ぐに妖精局に連絡を入れる。
「此方魔法局北関東支部局長の天城。応答願います!」
『ああ天城さんね、そっちも見てたと思うけど、ちょっと予想外の事がこっちでも起きてね。今回はかなりやばいかもしれない』
オペレーター室の大きなモニターに映し出される、妖精局は大量の要請が飛び交い大慌てとなっていた。
その理由は魔物の結界が展開された時に、妖精側の結界が取り込まれてしまったからだ。
これにより、結界の主導権が魔物側となってしまい、制御不能となってしまった。
魔物の死か、中の魔法少女が死なない限り、結界の内側に入る手段がなく、何時もなら映像が取得できるのに、今は出来なくなっている。
だから妖精局が現在調べている情報の一部を貰った天城は叫ぶことしか出来なかった。
「一体どうなっている!」
『そうは言ってもね。恐らくタラゴン以外の生存者は絶望的と言っても良いよ。前現れた奴の強化版だとすると、最後のあれはタラゴン以外防げない』
妖精局側のオペレーターは、調査班から上がって来た情報をそのまま天城に伝えた。
現在妖精局が把握している情報は、魔法少女4人と一般人31人が取り込まれていること。今回の魔物が、マザー・ディザスター・ウォール《M・D・W》で確定したことだ。
それを元に妖精局のオペレーターが出した答えがこれだ。
タラゴン以外は誰も助からない。
「あの子達は……あの子達は助からないと言うのですか?」
『1位か5位。せめてもう1人誰か居れば可能性はあるけど、一般人を含め、誰も助からないだろうね。場合によってはタラゴンさえもね……』
それを聞いた天城は、膝から崩れ落ちる。
魔法局の腐敗を正そうとして、頑張ってきた天城は上に煙たがられて北関東支部に左遷されて来た。
最初は問題児のスターネイルとブルーコレットだけだったが、知り合いの紹介からマリンが所属となった。
問題ばかりの中、マリンと問題児2人のフォロー役である白橿の手を借りて、何とか致命的な失態を起こすことなく、局長としての責務をこなしてきた。
それにケチが付いたのは、1ヶ月前の事だった。
遂に問題児2人が一般人を巻き込んだのだ。
白橿が何とかやっていた火消しも、この件ではできず、妖精局からの介入もあり、マスコミや他の支部や本部からも袋叩きにされた。
その後も危うくマリンを失いそうになったり、帰ってきたスターネイルが情緒不安定になっていたり、問題は尽きない。
それでも、ここからまた再出発できると、天城は考えていた。
(俺もここまでか……。俺には結局救うことはできないのか)
失意の中、全てを諦めようとしたその時だった。
モニターの方から、何やら驚きの声が聞こえたのだ。
『結界の中から新たな魔法少女の反応? パターンは……イニーフリューリング!?』
天城はその魔法少女の名前を知っていた。
流星のごとく現れ、驚異のスピードで魔物を討伐し、ランキングを駆け上がった魔法少女。
何よりもマリンを助けてくれた北関東支部の、天城の恩人と言ってもよい魔法少女だった。
そんな魔法少女が絶望的だった、この状況で現れたのだ。
本当に僅かだが、天城の心に希望が宿った。
『天城局長。此方は今、大至急結界の解析と映像の回復に努めているので、其方から魔法局本部に、今の状況を連絡しておいて下さい』
「分かりました。よろしくお願いします」
そこからの天城の対応は早かった。緊急回線で本部に連絡を入れ。絶望的な状況と、現在分かっている情報を伝えた。
こんな時に借り貸しなどは気にせず、天城は下げられるだけの頭を下げて、若しもの備えとしての増員を依頼した。
また休暇中である白橿にも連絡を入れ、直ぐにオペレータ室に来てほしいと、お願いした。
出来る限りの備えをし、後は妖精局からの連絡を待つだけとなった。
それから30分後には追加の魔法少女が現場に到着し、状況の変化を待つ形となり、更に30分後には白橿がオペレーター室に到着した。
更に2時間後、事態は動いた。
『映像回復! ランカー用の通信は……繋がらないか。とりあえず、そちらにも映像を回すよ。向こうの音声も、多分拾えるはずだ』
妖精局と繋がったままになっていたモニターから返答があり、ついに結界の中を見る事が出来るようになった。
それは丁度、タラゴン達が作戦会議を行っている時だった。
最初に映し出されたのは遠くに薄っすらと見える、M・D・Wだった。
それは天城が過去に見たM・D・Wとは雰囲気が似ているだけで、全くの別物と言って良い物だった。
『M・D・Wの変異種だと思ってたけど、あれはただの変異種とは違いそうだね。正確に計測は出来ないけど、イレギュラーにランクアップしててもおかしくなさそうだ』
「あれがM・D・Wだというの? 全くの別物じゃない!」
映像を見た白橿は、ただ叫ぶことしか出来なかった。
白橿は元魔法少女であり、引退を機に魔法局務めとなった女性だ。
過去の経験を活かして、魔法少女達のサポートやメンタルケアなどを行っている。
その過去の経験から、白橿はあれには勝てないと悟った。
妖精局側のオペレーターが言ったように、もう1人ランカーが居れば変わったかもしれないが、結界の中に居る魔法少女はたったの5人。
内3人の実力を、白橿は良く知っている。タラゴンも白橿の活動時期と被っていた為、強さを把握している。
だから、白橿が知っている4人ではどうしようもない。
恐らくタラゴン1人ならM・D・Wを討伐出来るかもしれないが、それ以外生き残れないだろう。
そもそも、あのM・D・Wにタラゴンが絶対に、勝てるとも限らない。
M・D・Wがイレギュラーにランクアップしてるなら、タラゴン1人では荷が重すぎる……。
白橿が可能性の模索をしていると、映像が切り替わり、5人の魔法少女が映し出される。
映像はイニーフリューリングの後ろから撮っている様になっており、彼女の素顔は見えないままとなっていた。
白橿は天城からの報告を思い出す。
(そう言えば、結界の内の魔法少女は5人だったわね。あの汚れてるローブを着ているのが、例のイニーフリューリングね)
その時、悲痛な表情をしたマリンの声が映像から流れた。
『それは……彼女は助かるんですか?』
タラゴンのきつく握られた拳。
集まって作戦会議をしているのは雰囲気から察することは出来るが、今の一言では作戦を知る事は出来ない。
「どんな作戦だと思います? 天城局長」
白橿は隣に座り、眉間に深いしわを作っている天城に聞く。
「タラゴンと共にM・D・Wに突っ込ませるのか、或いは1人で防衛を任せるのか……」
天城が考えた作戦は常識の範囲内の作戦だが、マリンが言った「助かるんですか?」からはズレている様に感じた。
『彼女はシミュレーションとは言え、私に重傷を負わせる程の実力があるわ。あなたもそうだけど、他の2人ではM・D・Wを倒すのは不可能よ』
どの様な作戦だろうと考えていた2人は、そのタラゴンの発言を聞いて驚いた。
「あのタラゴンに重傷を負わせたのか! どんな化け物だ……」
「私、開幕の一発で倒された記憶があるわ……」
普段は頼りになるタラゴンだが、シミュレーション上での戦いの悲惨さは、魔法少女や魔法局では有名だった。
設定は全てデスマッチ。痛覚の軽減もしない戦いは幾多の魔法少女の心にトラウマを植え付けた。
勿論タラゴンのしごきに耐えた魔法少女は頭角を現し、A級やS級とも戦える猛者となる者が多い。
そんなタラゴンだが、シミュレーション上とはいえ、殆ど怪我をするのを見られたことがない。流石にランカー同士となると話は別だが、それ以外ではあってもかすり傷程度だ。
そんな相手に重傷を与えたと聞けば、驚かないはずもない。特に白橿は過去にタラゴンとシミュレーション上で戦ったことがあるので、その凄さが身に染みて分かった。
そして、作戦の全容がタラゴンから話された。
「全てを救うとなると、これしか可能性がないが……」
「それでも可能性は1割どころか1%もあれば良い方でしょう。仮に成功しても彼女は……」
1の犠牲によるその他全ての生還。それが、タラゴンが考えた作戦だった。
本音を言えば、全てが救われる作戦が最上だ。だが、そんなものは空想だ。如何に犠牲を少なくし、それ以外を救えるかを考えるしかないのだ。
今回はその人柱に、イニーフリューリングが選ばれただけの話だった。
「そう言えば、マリンって彼女に助けられたんでしたっけ」
「ああ。私や君が忙しくて、オペレーター室に居なかった時に起きた事件だったからね。あの時の映像を見た時は肝を冷やしたよ」
「そんな彼女に、また救われようとしてるのね……」
天城と白橿の間にしんみりとした空気が流れ、イニーフリューリングに対する恩に潰されそうになる。
彼女が居なければ、マリンの時に北関東支部は潰れていた可能性すらあった。
そんな彼女が、その身を賭してM・D・Wの単独討伐に向かおうとしてるのだ。
『作戦成功確率は驚異の0%だね。小数点以下になら数字がいるけど、誤差みたいなものだね』
一緒に映像を見ている、妖精局のオペレーターが空気を読まないで発言する。
「だが、私達はそれに賭けるしかないんだ」
妖精局のオペレーターに激昂するでもなく、冷静に言葉を返す。
例え0%と言われても、小数点以下に数字があるのならば、それは0ではない。
ああ。イニーフリューリングよ。どうか、M・D・Wを討伐してくれ。私達に希望を……。
そして、タラゴンが考案した作戦の第一段階が始まる。
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