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恋の片道切符

砂嵐とさざ波

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先ほどの言葉に返事が無いまま、私はベッドに寝かせられた。

少しだけやるせない気持ちに落ち込みながら瞼を閉じようとした時、突然千鶴が私の胸の上に耳を当ててきた。

何事かと思い、再び硬直する私に千鶴は平然と告げてきた。


「少しだけこのままで良いですか?」


「……えっ……うん……」


「この音……聞いていると、落ち着くんですよ」


この音?
肺の雑音のような音のことだろうか。

その前に暴れ狂う心臓の音を聞かれてしまうことが恥ずかしいんだけど……。


「心臓の音であまり聞こえませんね」


「……ゲホッ!
ア、アンタが……いきなりそんなことするからでしょー!」


「まあ、僕なんて澪が告白した時から既に興奮し過ぎて心拍停止したままですがね」


「ちょ、やっぱりやめ……」


「さっき『……えっ……うん……』と言ったではないですか。
取り消しは無しですよ」


「か…………。
いや、もういいわ」


もう降参する他、無いのである。


その後千鶴は私の肺の音を聞いたまま寝てしまった。
私もその寝顔を見ている内にいつの間にか意識が飛んでしまい、巡回に来た満月さんに見付かって(別の意味で)大騒ぎになった。


洒落ではないけれど、丁度その夜は綺麗な満月だった。

何もかも満ち足りた白い光が病室に注がれる。

月明かりに照らされた、眠たげに目を擦る千鶴の顔は更に幻想的で。

もう忘れたりなんかしないと思った。

怖いからと言って、もう二度と逃げたりなんかしない。
私も、きっと千鶴も。


あの日私達が駅で購入した切符が片道だったのを覚えている。

私はよく分からずに買ったし、千鶴はきっと……。

いや、千鶴がその話を避けたように、それについて考えるのは二度としないでおこう。

買ってしまったのは片道切符。
私達はもう、戻ることは出来ないのだ。

愛しさを覚えてしまった私の中の雑音は止まらない。


――ザザザ、ザザッ、
ザーーーーーーーーーーーーーー


聞こえるのは、砂嵐か、さざ波。

帰り際に千鶴が振り向いた。
柔らかい微笑に私は安心する。


――ーーーーーーーーーーーーー


きっと、私と千鶴の中の孤独が消えた時、この音は消えるんだろうね。


――ーーーーーーッ。
 




 

 


 


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