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恋の片道切符
忘れられる事
しおりを挟む凍て付く風が肌を刺した。
満天の星空が視界に飛び込む。
ここは、屋上だ。
「さすがに病院の外へは連れ出せませんでした。もしもの事があったら危険ですしね。
本当はベッドで大人しくしていて欲しいのですが」
私は激しく首を振った。
「……ですよね。
それでも澪の気分が良くなるなら、僕はいつまでも傍に居ますよ。
だけど15分だけです。いくら春先だからと言っても、この寒さですからね。
それ以上は貴女の我が儘でも聞く事は出来ません」
「……ありが、と」
いつになく素直になれた私はそう言うと、フェンスに指を絡ませ、千鶴の体に自分の体を預けるようにしてもたれ掛かった。
「いいえ、僕にはこれ位の事しか出来ませんからね」
「ん、ありがと……」
「……いえ」
千鶴の言う通り、春はもう目前まで迫っているのに吹き付ける風はまだ冬の名残を帯びている。
だけどその冷たい風が心地良かった。
本来なら肺炎でのたうち回っているところだけど、千鶴が傍にいるせいなのか、苦しさはさほど気にならなかった。
つまり、私は酸素よりも千鶴のことが必要なのかもしれない。
「……澪」
「ん?」
沈黙を切る千鶴の静かな声が、風に乗って消えてしまいそうだった。
「……僕は怖かったんです。
その余りに、あの場から逃げる様に去りました。
殴られても蹴られても、貴女が僕に怒りを示している内は幸せだった。恨まれてもそれはそれで良かったんです。
ただ、忘れられる事だけは……。
拒絶が何よりも怖かった。
僕はいつまで経っても貴女を守る事さえ出来ない」
背中に回された千鶴の手の力が強まる。
私は星を睨んだ。
同じ方角を見ている千鶴の目にも、星は映っているだろうか。
「そもそも自信が無かったんです。貴女が僕をどう思うのか。
……澪は紫伸と会いましたよね?」
「ん……思い、出した……全部」
「そうですか……。
最初は早く貴女に思い出して欲しかったはずなのに、一緒に過ごしていく内にますます愛おしさが募って、段々と臆病になっていく自分がいました。
何食わぬ顔をして初対面を気取って、貴女を騙しているような気さえして、結局逃げてしまいました。言い訳ばかりですみません」
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