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恋の片道切符
もっと近くに
しおりを挟む懐中電灯を手に、医者は真っ暗な廊下へと消えて行った。
私は個室に独り残される。
風が窓を叩く音がする。
煩い。
自分の肺の音みたいな雑音を聞きながら、私は目尻から垂れる涙の理由を冷静に探そうとした。
けれど、探せば探すほど理由はたくさん出てきて、余計に頬を濡らすばかりだった。
何だか千鶴を好きになることが、とても悪いことのように思えてきたのだ。
そう医者に念を押された気がする。
でも関係無いよ、何が悪いのよ、と押し返す波のように私の感情は荒れ狂う。
……皐月さんの気持ちとか、医者の気持ちとか、そんなの私の知ったこっちゃない。
仮に私と千鶴が実は血の繋がった兄と妹だったとか、肉親を殺し合った血生臭い関係だったとか、そんな理由があるんなら諦めるかもしれないけどね。
けどね、馬鹿みたいにただ好きなんだから。
悪いことなんて何ひとつしてないんだから。
そう思った時、頭の芯がひんやりしてきた。
今の私の体は、この酸素吸入器が無ければ機能しないのだ。
使い物にならない。
何で生きてんだろ。
思考が腐れば腐るほど、病が治る兆しが遠のく。
胸にたくさんの花弁が押し込まれている気がする。
以前——10年前に入院していた時の気持ちを思い出した。
こんなに怖かっただろうか。
いや、せいせいしていたはずだ。
家に居なくて済んだんだもの。
何ならいつ死んでも怖くなかった。
この世に何の未練も執着もなかった。
なのに、今は……
死にたくないと思う。
だって、やっと会えたのに。
もう会えないなんて嫌だもの。
また会いたい。今すぐ会いたい。
前よりも近くにいるはずなのに、未だに千鶴が遠くにいる感じがする。
もっと近くにいたい。
もっと触れていたい。
もっと、もっと。
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