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恋の片道切符

救えなかった過去

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「可愛い妹だった。
妹は結構名の知れた歌手だったんだよ。君は幼かったから知らないかな、年末の歌番組にも出場するほどでね。
……私の自慢の妹だった。
それから妹は藤堂と結婚し、私は相変わらず多忙で、もう何年も顔を見ることさえ出来ずにいて、次に会った時は医者と患者になっていた」


そんな……。


「正直、私は藤堂誠一を未だに良く思っていないんだ。
妹の被害妄想が激しい性格を差し引いても、やはり肉親が可愛いものでね。
……昨日から来ていた彼は、藤堂のせがれだろう?
見た瞬間に分かったよ。
彼は藤堂誠一の生き写しだ。
そして何の因果かは分からないが、赤の他人であるはずの君は皐月にとてもよく似ている」


何が言いたいのか段々と分かってきた。

だけど、私から見ても『赤の他人』のアナタの口から、そんなお節介は聞きたくもない。


「彼とは君の病状について少しだけ話をしたが、一度もまともに目を見られなかったよ。
私の私怨もあったが、それ以上に彼が私に圧を掛けていたものでね……あの射る様な眼差しは、もしかしたら私が言いたい事を見透かしていたのかもしれないね」


「……逃げま、せん、から」


蚊の鳴くような声を絞ると、医者は再び眉を吊り上げた。


「それで、もう、話は終わり……でしょ。先生と私は、医者と患者だもの……。
誰が好きで、誰が嫌いかなんて、関、係、な……」


「……そうだね、辛い時にすまない。歳を重ねると惨めなくらい感傷的になってね。
君があまりにも皐月に……いや、君の言う通りだ。もういいんだ。
自らの手で皐月を救えなかった事を、藤堂のせいにする事で気持ちを楽にしていたのさ。
私は君の治療に専念するとしよう」


肺をぎゅうっと絞められる感じがした。

 
 
 



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