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少女の恋②
寝顔
しおりを挟む日はとっぷりと、少年の哀願も空しくどんどん暮れていく。
澪の歩行がよろめき始めたので、少年は仕方なくランドセルとトートバッグを持って歩いた。
何より、倒れられたらどんなに面倒なことになるか。
こちらに非が無いとはいえ相手は10歳の少女であるために、責任が否応なく自分に圧し掛かることを重々に理解している少年は、黙って手を繋いだ。
「着きました。聞こえてますか」
魂が抜けたように虚ろな目をした澪に、少年は言った。
「いいですか、少し休憩したら帰ってもらいますからね」
眠たそうに目を擦りパチクリと数回瞬きすると、澪はやっと辺りを見回した。
閑静な住宅街に位置する、ごくありきたりなマンションだった。
澪は頭をひねり、皐月や駅員の言動を思い出す。
自分の記憶が正しければ、お兄ちゃんはこんな庶民的な暮らしをしていないはずだ。
眉を吊り上げその件について聞こうとしたが、何かが食道を逆流して出てきそうだったので、口を開けずにいた。
「何なんですか……この大荷物」
マンションの一室のドアを開けながら少年は眉根を潜め澪の荷物を一瞥した後、小さな背中を押しやり入室を促した。
少年の部屋は、一言で言えばガランとしている。
リビングには最低限の物しか置かれておらず、テレビとテーブルとソファのみだった。
澪は少年に促され、ソファに沈み込むように横になる。
徐々に吐き気は治まり始めた。
ほっとして肩の力を抜くと、すぐに睡魔がやって来てそのままぐっすりと眠ってしまった。
無機質な部屋の中は時計の秒針の音と、澪の寝息のみが木霊する。
少年は安らかな澪の寝顔を見て、神妙な顔付きをした。
先ほどまでピーピー煩い雛鳥のようにまとわり着いて自分を悩ませていたのに、今はそれほど嫌な気分ではない。
ソファの側に腰を下ろすと、少年は何気なく澪の前髪をそっと掻き分けた。
顔をよく見るために。
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