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少女の恋

糞餓鬼

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「やっぱりキレイ」


「……何ですか、君はさっきから失礼ですよ」


「キレイって、褒め言葉なんだけどな」


「鴉に似てるというのが褒め言葉だとは、生まれて初めて知りましたね」


少年の言葉にはたっぷりと皮肉が含まれていたが、少女はそんなのお構い無しに喋る。


「え~、カラスって美人だと思うけどなぁ」


「変わった子供ですね。
鬱陶しいのでもう話しかけないで下さい」


「髪の毛もカラスみたいに真っ黒だし、目も真っ黒だね~」


「……それなら多くの日本人は鴉と似てますよ」


うわ言のように少年は呟いた。


「いや、何かね、すっごく真っ黒。宇宙みたい」


すると、少女のその一言で少年は再びこちらに向き合った。
依然として冷たい眼差しである。


「もう、どこか別の席に行って下さい」


「えー、ここがいいな」


「ここじゃなくても、席はたくさん空いているでしょう」


「だって、駅のおじさんもお兄ちゃんに着いて行けって」


「別に隣に座らなくとも目的地に着いたら教えてあげますから」


「……けち」


「……ケチとは何ですか、切符も満足に買えない糞餓鬼が」



突然、列車に巨大な鉛球が落ちてきたのかと少女は思った。

自分のことを糞餓鬼と言ったのは、目の前にいる綺麗な少年だった。

ガラ空きの車内には、数メートル先に年配の女性がひとり居るだけである。

確かに少年がそのような汚い言葉を口にしたのだ。


少女はしばらく呆然とした。


その時、ガタン!と車内が大きく一揺れしたので、少年の絹のような黒髪がふわりと揺れた。

相変わらず見惚れてしまうその容貌に、先ほどの悪態は幻だったのかと少女は一瞬混乱した。



「カラスのお兄ちゃんて、二重人格なんだね?」


「そこまで人格破綻しているつもりはありませんが」


「……よく分かんないけど、お兄ちゃんはクソガキとかそんな言葉は似合わないと思うな」


「何を言おうが僕の勝手でしょう。さっさと口を閉じて僕の視界から消えて下さい」


「だってお兄ちゃん、さっきから窓の方ばっかり見てるのに?」


「……」



ま、いっか。

少女は心の中でそう呟きながらひとり微笑む。

それからも少年には無視をされ続けたが、その場から離れず目的地まで列車の揺れに身を委ねた。

まるで新しい玩具を手に入れた子供そのもの。

少女の胸には、今まで味わったことの無い躍動感で溢れる。


 




 
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