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少女の恋

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皐月の肺がミシミシと悲鳴を上げる。

自分が今まで何をしようとしていたのか。
それを幼い子供に知られてしまうことに恐怖を感じ、おそるおそる少女の顔を見た。

自分とよく似た面立ちの少女は至って冷静であり、たしなめるような目付きで自分を見つめていた。

まるで自分の方こそが過ちを犯そうとした子供のように思えて、皐月は羞恥に薄らと顔を赤らめる。


「そんなおっかない顔でナイフを持ってたら、果物が腐っちゃう」


「そうね、ごめんなさい」


しかしながらも皐月の中の憎悪は勢いを止めることがなく、側に少女がいるのもお構いなしに肺の中をのたうち回った。


「でも、果物なんてないけど、何をむこうとしてたの?」


少女の鋭い指摘に今度はギクリともせず、皐月は虚ろな目をして相変わらず淡々と答えていく。


「そうねぇ、果物は今度剥くことにするわ。家族がお見舞いに持って来てくれたらね。
……お嬢ちゃんに家族は何人いるの?」


「私を入れて4人かな」


「そう。私にも、たくさんいるのよ。
夫に、夫の父と母、それに2人の息子と生まれたばかりの娘」


「そんなに産んでるの?」


少女は皐月の痩せ細った体を見ながら不思議そうに言った。


「そんなに……?まあ、2人じゃそんなにとは言えないわね」


皐月は少女の顔をチラリと盗み見て様子を窺いながら話したが、少女は顔色ひとつ変えることなく言葉を返してきた。


「さっき3人って言った」


「産むのはとても痛かったけど、とても可愛かったわ。2人共」


「……ふうん」


「2人共、夫によく似て綺麗な子なの。私には全然似てなくて」


「ねえ、もう1人の子は嫌いなの?さっきから、ずっと避けてる」


「そう、そうよ。避けているの。避けて話を進めたわ。
だってあの子のことは、私の人生からも避けたいの」


皐月は少女を招き入れると決心した時から、この誰にも明かせなかった心の内を話そうとしていた。

体内の毒を排出するのと同じく、少女に話を聞いてもらうことで、これから起こりうる罪を軽減させるかのように。


 



 

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