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恋の焼け跡④

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「あの、貝森さん。私に用って?」


「澪様、紫伸様がお呼びでございます」


「シノブ、さん?」


そういえば、その名は藤堂さんのおばあちゃんの話にも時折登場していた。

首を傾げながら思い出している私に、貝森さんは答えを告げてきた。


「藤堂の長男でございます。千鶴様の兄に当たる方です」


「千鶴のお兄さん……」


貝森さんの穏やかな笑みは、今はどこかへ消えたよう。
とても辛辣な顔だ。

弥生ちゃんは項垂れたまま貝のように口を閉ざし、ただ床に置かれた本を見つめている。


背中が、熱い。






私は貝森さんに言われるまま、その紫伸という人の元へ向かうことになった。

そこで引き返せば良かったのかもしれない、そんな思いが理由も無く脳裏によぎる。

例えば私が平凡な毎日に憂い、千鶴のことを想い続ける日々が続いたのかもしれなかった。

実習にストレスを爆発させ、行方が分からなくなった千鶴に焦がれる日々の方が、まだ幸せだったのかもしれない。

そんな悩みも、いずれ塵に等しく消えていくことになろうとは。



貝森さんに連れられ、私は屋敷を出た。
外はさっきまでの晴天が嘘のように雨模様。
滴がポツポツと私の肌を刺した。年老いた背中の後を着いて歩けば、そこは先ほど目にした教会が佇んでいた。


不安、焦り、恐怖、ありとあらゆる気持ちが私の体の中を蝕んでいく。



「この中におられます。
どうか、お話だけでも聞いてあげて下され」


目を伏せ、静かに貝森さんは言った。

その口調には少しだけ穏やかさが戻っていたが、それは悲しみを帯びたような優しさに思えた。


「え、でも。
2人きりで……ですか?」


「はい……私はここで待っておりますゆえ、どうか、お願い致します……皐……澪様」


とても思い詰めた様子で彼が頭を下げるものだから、私は拒否権を主張し損ねた。

重厚なドアに手をやる。

貝森さんに背を向けると、私はおそるおそる薄暗い堂内へと進んで行った。

 




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