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恋の焼け跡④

漆黒の瞳

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「お母さんが亡くなったのって、10年前?」


「はい、どうしてそれを?」


「……どうしてだろう」


「千鶴お兄様に聞いたのですか?」


「ううん、誰にも。
千鶴からは家族の話を聞いたことも無いし。でも、何だか、よく知っているの」


「!?それは、不思議です……!」


「不思議ってことにしてもイイ?」


「はい!そういうのって、誰にでもありますわ!
わたくしも澪お姉様とお会いしたのが今日が初めてですけど、何だかとっても懐かしいです!」


弥生ちゃんは飛び付いてきた。
私はそれを受け止めると、これでもかと言うほどギュウッと抱き締めた。

イライラが吹き飛んでしまうほど、この子といるとほっとする。

黒々と輝く瞳。
会いたくてたまらない瞳。
たくさん泣いてきたけど、でもやっぱり。


私はこの瞳に恋をしているのだ。


そうだ、いつだって千鶴は安らぎをくれた。

いつだって悲しみの前に現れた。

だから、今はめちゃくちゃ泣いてやる。

また私の前に現れた時、うんと困らせてやる。

アンタの知らない所で泣いてたって、そう叫んでやる。



でもその決意は、ドアのノック音でどこかへ消えてしまった。



「失礼致します」


「あ、じいや!どうぞお入りになって」


弥生ちゃんがそう言うと、貝森さんがかしこまって入室してきた。


「どうかしました?」


「弥生様、澪様に用がございますので……少しの間、お部屋で待っていて下さいますかの?」


「っ……はい、分かりましたわ」


弥生ちゃんはそれを聞くなり項垂れてしまった。
しかし、それはただのガッカリした様子ではないように見えた。

一体、何なのだろう……さっきから。

嫌な予感が遠慮なく胃の底に居座る。

体中が燻っているような感覚に、冷や汗が出た。

 



 

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